遅れて咲いた182センチ ― ジャーメイン良という大器晩成の物語

華やかなスポットライトは、いつも才能の若い者に当たるとは限らない。神奈川県厚木市に生まれたひとりの大柄な少年が、長い助走を経てようやく自分の時代を引き寄せたとき、その姿は多くの人に「人生は、いつどこで花が咲くか分からない」という静かな確信を与えた。
ジャーメイン良。1995年4月19日生まれ、身長182センチのフォワード。彼の歩みは、スター街道を一直線に駆け抜ける物語ではない。むしろ、寄り道と回り道の連続のなかで、それでも前を向き続けた者だけが手にできる「遅咲き」の美しさにあふれている。
厚木の少年と、回り道のはじまり
神奈川県厚木市。彼が育ったこの街は、サッカー少年にとって特別な聖地というわけではない。だが、どんな選手にも始まりの場所はある。生まれは1995年、牡羊座、干支は亥。星座も干支も、まっすぐ突き進む粘り強さを思わせる。
多くのトッププロが10代のうちにプロチームのユースに引き上げられていくなか、ジャーメイン良が選んだのは大学経由のルートだった。流通経済大学。サッカー強豪として知られるこの大学で力を蓄え、彼は特別指定選手としてプロの世界への扉をこじ開けていく。最短距離ではない。けれど、確かに自分の足で踏み固めた道だった。
仙台、横浜、磐田 ― 渡り歩いた歳月
プロ入り後の彼のキャリアは、ひとつのクラブに腰を据えた安泰のものではなかった。ベガルタ仙台、横浜F・マリノス、ジュビロ磐田。日本サッカーの歴史を彩ってきた名門・実力クラブを渡り歩きながら、彼は自分の居場所を探し続けた。
移籍は、選手にとって挑戦であると同時に、つねに「結果を出さなければ次がない」という重圧と隣り合わせだ。それでも彼は、行く先々で182センチの身体を武器に存在感を示し続けた。点が取れなければ価値が問われる、フォワードという最も残酷なポジションで、彼は諦めることを知らなかった。
大器晩成という言葉が、ようやく似合うとき
彼のキャリアで最も興味深いのは、その「ピークの遅さ」だ。若い頃は無名に近かった選手が、30歳が見えてくる頃になって、ようやく自分にとって一番良い時期を迎える。これは、サッカーという厳しい世界では決して当たり前のことではない。
ゴール前で体をねじ込み、相手ディフェンダーを背負いながら泥くさく点を取る。その「諦めの悪さ」こそが、長い助走を経た者の強さだった。スピードや若さで勝負する選手たちとは違う、経験と体の強さを積み上げてきた者だけが見せられる凄みが、彼の武器になっていった。
ガタイから繰り出す武器 ― ヘディングと体の強さ
182センチという体格は、彼の最大の財産だ。前線にドーンと構え、空中戦で競り勝ち、ヘディングでゴールを陥れる。現代サッカーが小柄で俊敏な選手を重宝する流れのなかで、彼のようなクラシックなターゲットマン型のストライカーは、むしろ希少な存在になっている。
体の強さは、一朝一夕で身につくものではない。長年プロの舞台で揉まれ、削られ、それでも立ち続けてきた者だけが手にする確かなものだ。ゴール前でグイッと体をねじ込んで点を取る泥くさい姿に、彼の歩んできた歳月のすべてが詰まっている。
若い頃は名前を知る者も少なかった一人の男が、長い回り道の末に自分の時代を引き寄せる。その物語は、サッカーファンだけでなく、いま思うようにいかない日々を過ごすすべての人に、小さな勇気を手渡してくれる。
人生は、いつどこで花咲くか分からない。神奈川県厚木市出身の遅咲きストライカー、ジャーメイン良。彼のこれからのプレーに、その答えがまだまだ刻まれていくはずだ。