青汁王子という肩書きの正体——三崎優太、二十代で帝国を築いた男

「青汁王子」。一度聞いたら忘れない、どこか人を食ったようなこの呼び名は、もはや三崎優太という実業家を語るうえで切り離せない看板になっている。けれど、その軽やかな響きの裏側にあるのは、決して笑い話では済まされない事実だ。
1989年3月29日生まれ。彼は二十代という、多くの人がまだ自分の進む道を探している時期に、大麦若葉の青汁を軸とした通信販売事業を一代で大きく育て上げた。日本における若手実業家のなかでも、ひときわ目立つ存在として名を知られるようになる。
呼び名のおかしみと、その下にある容赦のないビジネスの実像。この落差こそが、三崎優太という人物を理解する最初の鍵になる。
二十代で築いた通販ビジネス
三崎優太の名を世に知らしめたのは、大麦若葉を原料とする青汁の通信販売事業だった。健康食品という、参入も競争も激しい市場で、彼は若くしてこの事業を大規模なものへと成長させた。
二十代のうちに会社を大きくし、自らの手で稼ぎを生み出したという事実は、運や偶然だけで説明できるものではない。そこには、ある種の執念めいた推進力があったとみるのが自然だろう。称賛する人もいれば、その勢いに圧倒されて距離を置く人もいる。評価が割れること自体が、彼のやり方が常識の枠に収まらなかった証でもある。
「青汁王子」というブランド
皮肉なことに、いまの三崎優太の活動は、もはや青汁そのものとは離れた領域に広がっている。それでもこの呼び名が消えないのは、それだけ強く人々の記憶に刻まれたからだ。
笑ってしまうほど分かりやすいこのニックネームは、見方を変えれば、それ自体がひとつのブランディングとして機能してきた。名前のおかしみに気を取られているうちに、いつの間にか彼の事業の大きさと向き合わされている——そんな構造が、この呼び名には潜んでいる。
SNSで燃え、ケロッとしている男
三崎優太を語るうえで欠かせないのが、SNSでの存在感だ。InstagramやX(旧Twitter)で、彼は思ったことをそのまま、率直に発信する。
その物言いはしばしば物議を醸し、インターネット上が彼の投稿をめぐって沸き立つ場面も少なくない。だが本人は、そのたびに妙にケロッとして、何事もなかったかのように次へ進んでいく。動じない、という言葉がこれほど似合う人も珍しい。謝罪を演じてみせるわけでもなく、淡々と自分のペースを保つその姿には、好き嫌いを超えて目を引くものがある。
敵も味方も作る性分
率直すぎる発言は、多くの賛同者を生むと同時に、それと同じだけの反発も呼び込む。三崎優太は、敵も味方も大量に作るタイプの人物だ。
黙って大人しくしていられない——その性分こそが、彼を炎上の渦中に何度も引き戻すと同時に、誰にも無視できない存在に押し上げてきた。賛否がこれほど激しく分かれること自体が、彼が無色透明な人物では決してないことを物語っている。
青汁王子と名乗りながら、もう青汁の話ではなくなっている——そう突っ込みたくなった時点で、ある意味この人の術中にはまっている。自分の腕一本で二十代のうちに会社を大きくし、SNSでは思ったことをズバズバ言い、燃えても涼しい顔で前へ進む。
敵も味方もぎょうさん作りながら、それでも目が離せない。三崎優太とは、結局のところ、黙って静かにしていることができない、その一点で語り尽くせる人物なのかもしれない。