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国民のお姉ちゃん、という稀有な才能――上戸彩が長く愛される理由

上戸彩(俳優・歌手)の写真

笑うと、その場の空気がぱっと明るくなる。そういう人が、芸能界には確かに存在する。技術でも演出でもなく、生まれ持った愛嬌としか言いようのない何か。上戸彩という人を語ろうとすると、まずそこに行き着いてしまう。

1985年9月14日、東京都生まれ。俳優であり、歌手であり、声優であり、モデルでもある。映画、テレビ、音楽――活動の場は一つに収まらず、複数の領域をまたいで第一線を走り続けてきた。2004年にはエランドール賞の新人賞を受賞。そこから二十年以上、彼女は日本のエンターテインメントの真ん中にいる。

なぜ、これほど長く「安心して見ていられる存在」であり続けられるのか。この記事では、わかっている事実をたどりながら、その理由をすこし考えてみたい。

欲張りセットのような才能

上戸彩の肩書きを並べてみると、その守備範囲の広さに改めて驚かされる。俳優、歌手、声優、モデル。芝居ができて、歌が歌えて、声の仕事もこなし、モデルのようなスタイルも持っている。一人にこれだけ詰め込んでよいのか、と言いたくなるような「欲張りセット」だ。

普通、これだけ多才だと、どこかで器用貧乏に陥ったり、本業が見えにくくなったりしがちだ。けれど彼女の場合、どの仕事をしていても上戸彩であることが揺らがない。多才さがバラバラの方向に散らず、一人の人物像へと収斂していく――その芯の強さが、彼女のキャリアを支えてきたのだろう。

2004年、新人賞という出発点

上戸彩のキャリアにおいて、確かな節目として記録されているのが、2004年のエランドール賞・新人賞の受賞である。エランドール賞は、その年に活躍した新人に贈られる、由緒ある賞のひとつだ。

十代の初々しさを残しながら受賞したこの賞は、彼女が単なる人気者ではなく、実力をもって評価された俳優であることの証でもあった。新人賞は、しばしばその後の伸び悩みと隣り合わせの危うい栄誉でもある。だが彼女は、この出発点をきちんと次へとつなげ、初々しさを失わぬまま、肝の据わった女優へと成長していった。

親しみやすさという最大の武器

これだけ多才で、モデルのようなスタイルを持ちながら、上戸彩には不思議なほど近寄りがたさがない。むしろ「ご近所にいてほしい」と思わせるような、温かい親しみやすさがある。これは、彼女という存在を語るうえで、おそらく最も重要な要素だ。

華やかさと親しみやすさは、しばしば両立しない。華やかな人は遠く、親しみやすい人は地味になりがちだ。ところが彼女は、その両方を矛盾なく抱え込んでいる。笑顔ひとつで場を明るくしてしまうあの力は、後天的に身につけられるものではなく、彼女が最初から持っていた贈り物のようなものなのだろう。

「国民のお姉ちゃん」の安心感

デビュー当時のアイドル的な人気から、世代を重ねて、上戸彩はいつしか「国民のお姉ちゃん」とでも呼ぶべき安心感をまとうようになった。見ている側が勝手に、親戚の子を見守るような、あるいは身近な姉を見るような気持ちになってしまう。

この安心感は、長く愛されるうえで何より強い。一過性の話題ではなく、生活の風景の一部のように、人々の記憶に溶け込んでいく。東京出身でありながら、どこか気取らず、こちらが軽口を叩いても笑って受け止めてくれそうな懐の深さ――それが、彼女が二十年以上にわたって愛されてきた理由の核にあるのだと思う。

才能だけなら、もっと突出した人もいるかもしれない。話題性だけなら、より派手な人もいるだろう。けれど、才能と親しみやすさを矛盾なく両立させ、二十年以上にわたって「安心して見ていられる人」であり続けるというのは、それ自体が稀有な才能だ。

新人賞を獲った頃の初々しさと、今の肝の据わった女優としての姿。その両方を地続きに抱えている上戸彩を、これからもまた、親戚のおじさんのような気分で見守っていきたくなる。そういう人なのである。