地味に強い、を体現する男——カープのローテーションを支える九里亜蓮

チームを勝たせる投手には二種類いる。ひとつは、観客を熱狂させる派手な剛腕。もうひとつは、登板日に「今日はこの男がいるから大丈夫だ」と、味方にそっと安堵を与える計算できる先発だ。後者の存在は地味だが、シーズンという長い航海を渡りきるうえで、これがいなければチームは回らない。
九里亜蓮は、1991年9月1日、鳥取県米子市に生まれた。身長187センチ。亜細亜大学を経てプロのマウンドへと上がり、広島東洋カープの先発ローテーションを長く支えてきた投手である。
二刀流のような派手な話題で語られることはない。けれど、毎年当たり前のように投げ続け、首脳陣に「彼に任せておけば計算が立つ」と思わせる——その地味な凄みこそが、九里という投手の本質だ。
米子から、亜細亜大学へ
九里亜蓮の出発点は、鳥取県米子市。山陰の街から、野球の世界を志した。
進学先に選んだのは亜細亜大学。大学野球の名門で力をつけ、その先にプロの扉があった。地方都市から大学を経てプロへ——この道のりは、決して華やかな近道ではない。一段ずつ実力で階段を上り、ようやくプロのマウンドに立つ資格を得た、その積み重ねの上に今の彼がある。
187センチの体を、何年も振り続ける
身長187センチ。長身から投げ下ろすボールは、それだけで打者に圧を与える。だが九里の真価は、一試合の好投ではなく、それを何年も続けてきたことにある。
エース格としてローテーションを守り続けるというのは、地味に見えて、いちばん難しい仕事だ。故障せず、調子の波を抑え、シーズンを通して計算できるイニングを投げ切る。派手なハイライトには残りにくいが、この積み重ねがなければ、チームの一年は崩れてしまう。
「九里がおる日は安心」という信頼
広島東洋カープのファンには、こんな言い回しがあるという。「九里がいる日は安心だ」。これほど投手冥利に尽きる評価もないだろう。
派手なスター性ではなく、信頼で語られる投手。それは、長い年月をかけて結果を積み重ねた者だけが手にできる勲章だ。安定感はSNSでバズらないし、トレンドにも乗らない。けれど、勝ち越すシーズンをつくるのは、まさにこの安定感なのである。
鳥取の米子から出てきて、大学を経て、プロのマウンドで飯を食う。その道のりだけでも、十分に尊敬に値する。
派手な二刀流に世間の目が集まるなかでも、毎年ちゃんと投げ続け、味方に安堵を与え続ける投手がいる。地味に強い、を体現する男。私は、そういう選手がどうしようもなく好きだ。