仮面の下の求道者——初代タイガーマスク、佐山聡が空中で見せたもの

山口県下関市に生まれた一人の男が、虎の仮面をかぶってリングに上がった瞬間、日本のプロレスの常識は塗り替えられた。佐山聡。一九五七年十一月二十七日生まれのこの人物は、初代タイガーマスクとして、それまで誰も見たことのない動きを観客の前で次々と繰り出してみせた。
だが彼の物語は、華やかな空中殺法だけでは終わらない。仮面のスターでありながら、その内側には「本当に強いとは何か」を問い続ける求道者がいた。見せる格闘と、突き詰める格闘。相反するふたつを一人の身体に同居させたところに、佐山聡という人間の異様な厚みがある。
下関から来た青年
佐山聡は一九五七年、本州の最西端に近い山口県下関市に生まれた。海峡の街で育った青年が、やがて日本中の子どもの心を奪うスターになるとは、当時誰も予想しなかっただろう。
星座は射手座、干支は酉。射手座が象徴する遠くを射抜く矢のような志向と、ひとところにとどまらない探究心は、後年の彼の歩みを言い当てているようにも見える。
虎の仮面が飛んだ日
初代タイガーマスクとしての佐山聡は、リングの上を文字どおり飛び回った。アクロバティックなその動きは、それまでのプロレスの枠を大きく超えており、観客は息をのんだ。とりわけ子どもたちにとって、虎のマスクをかぶって宙を舞う姿は、漫画やアニメの世界がそのまま現実に立ち現れたような衝撃だったに違いない。
スピードと優美さを兼ね備えたその試合運びは、一時代を築いた。仮面のヒーローは、世代を超えて記憶される存在になった。
修斗——本当の強さを求めて
だが佐山聡は、観客を沸かせる華麗なプロレスだけで満足する人ではなかった。彼はより実戦的な格闘、すなわち「本当に効く技とは何か」を追い求め、修斗という総合格闘技の組織を立ち上げる。
これは、世界がまだ総合格闘技という言葉すら十分に持っていなかった時代の挑戦だった。後の現代総合格闘技につながる種を、彼は早い段階で蒔いていたと言ってよい。見せる側にいた人間が、自ら競技としての格闘を設計しようとしたのである。
二つの顔が一人に宿る
派手なスター性と、地道に理論を掘り下げる職人気質。この相反する資質が一人の中に同居している点こそ、佐山聡の核心だと私は思う。観客を熱狂させる才能と、競技そのものを突き詰めようとする探究心は、本来なかなか両立しない。
その両方を高い次元で抱えていたからこそ、彼はただ目立っただけの存在では終わらなかった。レスリング・オブザーバー・ニュースレターの殿堂に名を残していることが、その証左である。
華やかな仮面の下に、ひたすら強さの本質を問い続ける求道者がいた。空中を舞う初代タイガーマスクの残像と、競技格闘の礎を築いた地道な仕事。そのふたつを併せ持つ佐山聡は、どう転んでも只者ではない。
虎の仮面はやがて多くの後継者に受け継がれていったが、最初にそれをかぶって飛んだ男が抱いていた問いの深さは、今なお色あせない。