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キングと呼ばれた男――内村航平、163センチが世界の頂に立つまで

内村航平(体操競技選手・スポーツ)の写真

体操の試合を最後まで見たことがある人なら、表彰台のいちばん高い場所に立つその姿に見覚えがあるだろう。世界選手権で個人総合6連覇、オリンピックでも2大会連続の金。並べてみると、まるで誤植のように現実離れした数字だ。

身長163センチ。決して大きくはないその体ひとつで、内村航平は十数年にわたって世界の頂点を占め続けた。鉄棒で大きく宙を舞い、最後はピタリと両足をそろえて着地を決める――その美しさは、難しいことを当たり前のことのように見せてしまう不思議な説得力を持っていた。

これは、3歳でマットの上に立った福岡生まれ・長崎育ちの少年が、「キング」と呼ばれるまでの物語である。

体操一家に生まれて

内村航平は1989年1月3日、福岡県北九州市に生まれ、長崎県諫早市で育った。父・周一も母・周子も元体操選手で、両親は「スポーツクラブ内村」を運営していた。彼にとって体操は、家の延長線上にある日常そのものだった。

3歳で体操を始めた彼は、マットや鉄棒に囲まれて育つ。諫早市立みはる台小学校、諫早中学校を経て、東京の東洋高校へと進んだ。競技人生のごく早い時期から、彼の周りには常に器具と、それに向き合う日々があった。

高校生で世界への扉を開く

転機は高校3年のときに訪れる。2006年、全国高校選抜と全日本ジュニアの個人総合で2冠を達成し、ナショナルチームに選出された。まだ10代の少年が、日本代表という看板を背負い始めた瞬間だった。

その2年後、2008年の北京オリンピックで彼は初めて五輪の舞台に立つ。団体で銀、そして個人総合でも銀メダルを獲得。世界の頂はまだ一歩先にあったが、その一歩がどれほど近いかを、彼自身も、見ている者も予感していた。

6連覇という金字塔

2009年、世界体操競技選手権の個人総合で初優勝を飾る。ここから2015年まで、彼は同種目で前人未到の6連覇を成し遂げた。世界大会8連覇、個人総合40連勝という、にわかには信じがたい記録を積み上げていく。

そしてオリンピックでも、2012年のロンドン、2016年のリオデジャネイロと、個人総合で2大会連続の金メダルを獲得。2016年には、世界選手権と五輪を合わせた男子個人総合の最多優勝回数として、ギネス世界記録にも認定された。圧倒的、という言葉すら控えめに聞こえる時代だった。

求道者の引き際

日本体育大学を卒業後、コナミスポーツクラブに所属し、2016年にプロへ転向。所属先を変えながらも、彼が追い求めたものは一貫していた。それは勝利そのものよりも、自分の演技の美しさだったように見える。「体操界の仙人になりたい」と語ったその言葉に、欲のなさと求道的な姿勢がにじんでいた。

2021年の東京オリンピックでは、種目を鉄棒に絞って臨み、銀メダルを獲得。そして翌2022年1月、現役引退を表明する。3月12日には引退演技会「KOHEI UCHIMURA THE FINAL」を開催し、選手としての歩みに自ら幕を引いた。

次世代へ

引退後の2023年、内村は日本体操協会の強化コーチ・理事に就任した。自らが押し上げた日本体操の頂を、今度は次の世代へと受け渡す立場へと回ったのだ。

私生活では2012年に元体操選手の神谷千帆と結婚し、二人の娘をもうけた(近年は別居・離婚協議中と報じられている)。一人の競技者として、そして一人の人間として、彼の物語はまだ続いている。

あれだけ勝ち続けても偉ぶることなく、ただひたすら演技の美しさだけを追い求めた求道者。日本の体操を世界の頂点へと押し上げた「キング」を、同じ時代に見られたことは、それ自体が幸運だったと言っていい。

163センチの体が見せてくれた、難しいことを美しく見せる魔法。その記憶は、彼の残した記録の数字とともに、長く語り継がれていくはずだ。