ふんわりした声の奥に、プロの根性──内田真礼という多面体

声優という仕事は、姿を見せずに心を動かす不思議な職業だ。画面のキャラクターに命を吹き込み、ときに観客自身よりも先に泣き、笑い、怒ってみせる。その声の主が誰なのか、私たちは作品の余韻のなかでようやく思い出す。
内田真礼は、まさにその「思い出してしまう声」を持つ人だ。可愛らしく、柔らかく、ふんわりとした響き。けれどその奥には、芯のある役も、小悪魔めいた役も、するりと着こなしてしまう器用さと度胸がある。1989年12月27日、東京に生まれた彼女は、声優という一点から始め、歌手、俳優、ラジオパーソナリティへと活動の幅を広げていった。
この記事では、ひとつの声がどれだけ多くの表情を持ちうるのか、そして長く第一線に立ち続けるとはどういうことなのかを、彼女の歩みを通して描いてみたい。
東京に生まれた、声の人
1989年、内田真礼は東京都に生を受けた。山羊座、巳年生まれ。出自の細かな部分は本人が公にしておらず、ここで安易に物語を盛ることはしない。ただ確かなのは、彼女が声で生きていく道を選び、その道で確かな実力を積み上げてきたという事実である。
声優という職業は、華やかに見えて地味な鍛錬の積み重ねだ。マイクの前で何度も同じ台詞を録り直し、息継ぎひとつ、語尾のひとつにキャラクターの性格を宿らせる。彼女の柔らかな声は天性のものに違いないが、それを自在に操る技術は、間違いなく努力の産物だ。
2014年、新人賞という節目
2014年、内田真礼は声優アワードの新人女優賞を受賞した。声優業界において、この賞は若手にとってひとつの登竜門であり、業界が「この人は来る」と認めた証でもある。
新人賞は、もらった瞬間が頂点になってしまう人も少なくない。期待という重しに潰されたり、最初の輝きを更新できなかったりする人もいる。だが彼女はそこで止まらなかった。受賞後もずっと第一線に立ち続けているという事実こそが、あの賞が一過性の幸運ではなく、地力の証明だったことを物語っている。
声の表情、いくつ持っている?
内田真礼の魅力を語るとき、避けて通れないのが「引き出しの多さ」だ。可愛らしい声、というのが彼女の第一印象だろう。けれどその同じ喉から、芯のある凛とした声も、ちょっと意地の悪い小悪魔のような声も飛び出してくる。
聞いているこちらは、いい意味で振り回される。「この役もできるのか」「ここまでいくのか」と。声優の真価は、声の高さや美しさではなく、どれだけ多くの人格を信じさせられるかにある。その点で彼女は、聞き手の予想を軽やかに裏切り続けてきた。
声優の枠を、軽々と越えて
彼女は声優一本では終わらなかった。歌手としてマイクの前に立ち、俳優として舞台や映像に立ち、ラジオパーソナリティとしては持ち前のおしゃべりで時間を回していく。ひとつの才能に安住せず、表現の場を次々と広げていく姿勢は、見ていて気持ちがいい。
マルチに動くということは、それぞれの現場でゼロから信頼を勝ち取るということでもある。歌には歌の、芝居には芝居の、トークにはトークの作法がある。それを横断しながらフル稼働で走り続けるのは、相当な体力と覚悟がいる。彼女のふんわりした雰囲気の奥に、働き者のプロ意識が透けて見えるのは、たぶんこのためだ。
才能の一家
内田真礼を語るうえで、弟もまた声優として活躍しているという事実は面白い。姉弟そろって声で生きる──同じ職業を志した者同士、互いに何を語り、何を競ってきたのかは想像するしかないが、ひとつの家にそれだけの声の才能が宿っているというのは、それ自体がひとつの物語だ。
血筋なのか環境なのか、あるいはその両方なのか。確かなのは、彼らがそれぞれの場所で、自分の声を武器に道を切り拓いているということである。
内田真礼という人を一言でまとめるのは難しい。可愛らしいだけでも、器用なだけでもない。柔らかな声の奥に、長く第一線に立ち続けるための頑固なプロ根性を隠し持っている。そのギャップこそが、聞き手を惹きつけてやまない理由なのだろう。
新人賞からずいぶんと時が流れ、彼女はもう「来る人」ではなく「いる人」になった。それでも次にどんな声を聞かせてくれるのか、まだ予測がつかない。その予測不能さこそ、表現者としての彼女が今も現役である何よりの証拠だ。