古着カタログから月へ──前澤友作、退屈を許さない男の航跡

普通の起業家なら、会社を売って巨万の富を手にしたあと、静かなセカンドライフを選ぶだろう。豪華なヨットを買い、ゴルフ三昧の日々を送り、たまにメディアに昔話を語る。それで十分に成功者だ。
だが前澤友作は、その「上がり」のレールから平然と外れていく。輸入CDのカタログ通販から日本最大のファッション通販ZOZOTOWNを育て上げ、Twitterで1億円をばらまき、本物の国際宇宙ステーションに飛び、サーキットでフェラーリを振り回して優勝する。彼の人生には「無理」という二文字が、どうやら最初から入っていない。
千葉県鎌ケ谷市に生まれた一人のバンド少年が、なぜここまで突拍子もない軌道を描くことになったのか。その航跡をたどっていくと、見えてくるのは「面白いほうへ全力で舵を切る」という、たった一つの一貫した姿勢だ。
ドラムスティックから始まった起業
1975年11月22日、前澤は千葉県鎌ケ谷市に生まれた。早稲田実業学校高等部に進学し、大学へは進まなかった。その代わりに彼が手にしていたのはドラムスティックだった。1993年、バンド「Switch Style」を結成し、ドラムを担当。1998年にはBMG JAPANよりメジャーデビューを果たしている。実弟もこのバンド活動を共にした。
音楽だけでは終わらなかったのが、前澤らしいところだ。1995年、彼は海外で買い集めたレコードやCDをカタログにして通信販売する事業を始める。好きなものを、好きな人に届ける──その素朴な動機が、のちの巨大なビジネスの種だった。1998年、有限会社スタート・トゥデイを設立。バンドのメジャーデビューと起業が同じ年に重なったこの時期こそ、二足のわらじを履いた青年が経営者へと舵を切る転機だった。
ZOZOTOWNという発明
2000年、前澤はバンド活動を休止し、会社経営に専念する。カタログ販売をオンライン化し、扱う商材をアパレルへと広げていった。そして2004年、ファッション通販サイト「ZOZOTOWN」を開設する。
当時、服はネットでは売れないとされていた。サイズが分からない、色味が信用できない、試着できない──そんな常識を一つひとつ崩しながら、ZOZOTOWNは日本最大のファッションECへと成長していく。古着カタログの延長線上で始まったこの事業が、やがて何百万人ものクローゼットを変えることになった。前澤の商売のセンスは、間違いなく本物だった。
2018年、彼は会社名をスタートトゥデイから株式会社ZOZOへと改める。そして翌2019年、ZOZOがLINEヤフーの傘下に入るのを機に、前澤は代表取締役社長を退任する。一つの時代が、ここで区切られた。
1億円のお年玉と「お金配りおじさん」
社長退任と同じ2019年、前澤はもう一つの伝説を作る。Twitterで総額1億円のお年玉プレゼントを実施したのだ。リツイートした人の中から抽選で現金を配るという企画は国中をざわつかせ、累計では約49億円もの金額を民間に配ったとされる。彼はいつしか「お金配りおじさん」として、起業家の枠を超えた知名度を獲得していった。
単なる売名と片付けるのは簡単だ。だが彼の場合、現代アートの収集にも、スーパーカーの蒐集にも、宇宙への挑戦にも、同じ熱量で金を注ぎ込んでいる。稼いだ金を全力で「夢」と「面白さ」に変えていく潔さ。そこには退屈への徹底した拒絶がある。南房総市や館山市など複数の自治体への多額寄付により、紺綬褒章を複数回受章してもいる。
民間人として、宇宙へ
2018年、前澤はSpaceXとともに月周回飛行プロジェクト「dearMoon」を発表し、世界を驚かせた。そして2021年12月、彼は民間日本人として初めて国際宇宙ステーションに約12日間滞在する。その様子はYouTubeでリアルタイム配信され、宇宙に浮かぶ前澤の姿は多くの人の記憶に刻まれた。2023年には渡航の記録がドキュメンタリー「僕が宇宙に行った理由」としてまとめられている。
惜しくも2024年、dearMoon月周回プロジェクトは中止が発表された。だが彼は地上でも止まらない。同年、レーシングチーム「MAEZAWA RACING」を率い、フェラーリ・チャレンジ・トロフェオ・ピレリ・ジャパンのシェルアマクラスで優勝を飾っている。空でも、地上でも、彼はアクセルを踏み続けている。
突拍子もないのに、憎めない
彼の素顔には、意外なほど人間味がある。離婚を経験し、その後は事実婚という形で2人の女性との間に3人の息子をもうけたことを公表している。子煩悩で気前のいい兄ちゃん──そんな空気が、どれだけ突拍子もないことをやっても抜けないのだ。
ブガッティ・ヴェイロン、パガーニ・ゾンダ、アストンマーティン・ヴァルキリー。彼が集めるスーパーカーのリストは、まるで少年の夢をそのまま大人にしたかのようだ。現代アート、骨董、仏像。集めるものに脈絡はないようでいて、すべてに「これが好きだ」という一貫した熱が通っている。
古着のカタログ通販から始め、日本最大のファッションECを築き、その金を夢に変えて宇宙まで飛んだ男。前澤友作の人生は、成功の物語であると同時に、「面白く生きる」とはどういうことかを示す壮大な実験でもある。
普通の社長が節税に頭を抱える横で、彼はロケットに乗る方法を考える。その発想がどこから湧いてくるのかは分からない。だが一つ確かなのは、退屈とは無縁のこの航海を、私たちは少しだけ羨ましく眺めているということだ。