可憐な見た目に、底抜けのマイペース――吉高由里子という変幻自在

ふんわりと可憐な雰囲気。初めて画面で見たときの吉高由里子の印象は、おそらく多くの人にとってそんなものだろう。だが、その柔らかな見た目のフタを開けてみると、中から出てくるのは掴みどころのない自由さと、底抜けのマイペースだ。
1988年7月22日、東京都に生まれた彼女は、俳優として、そして声優として、清楚な役からクセの強い役までを軽々と行き来してきた。デビューから間もなく新人賞をさらった実力派でありながら、世間に媚びることをしない。これは、自分のペースを貫きながら観る者を惹きつけ続ける、ひとりの俳優の物語である。
見た目と中身のギャップ
吉高由里子の魅力を語るうえで、まず外せないのが「見た目と中身のギャップ」だ。可憐で華奢な印象とは裏腹に、その本質は驚くほどマイペースで、どこか掴みどころがない。
きちんと整った清楚な姿の奥に、自由気ままで規格外な何かが潜んでいる。観ている側は、そのギャップに何度も意表を突かれることになる。「こんなに可愛らしいのに、こんなに自由なのか」――この落差そのものが、彼女という人を一度見たら忘れられないものにしているのだ。
一度聞いたら忘れられない、あの笑い方
吉高由里子といえば、あの笑い方を思い浮かべる人も多いだろう。少しハスキーで、豪快で、聞いた瞬間に耳に残る。作り物めいたところがなく、画面の向こうで本人が誰よりも楽しそうにしている――それが伝わってくる笑いだ。
俳優が場を心から楽しんでいる様子は、不思議と観る側にも伝染する。彼女のあの笑い声には、その場の空気をふっと緩ませる力がある。計算されたものではなく、素のままの楽しさがにじみ出ているからこそ、いつまでも記憶に残るのである。
清楚からクセ強まで、自在に化ける
吉高由里子の演技を見ていて毎回驚かされるのは、その引き出しの多さだ。清楚で凛とした役から、クセの強い一筋縄ではいかない役まで、彼女はスッと別人のように化けてしまう。
あまりに自然に役柄を切り替えるので、観ているこちらは「これ、同じ人やったのか」と思わずツッコみたくなる。役に応じて表情も空気もまるごと変えてしまう変幻自在さは、生半可な技術では到達できない領域だ。可憐な見た目の裏に、これだけの幅を隠し持っているのである。
早くから示された、確かな才能
吉高由里子の実力は、決して後から評価が追いついてきたタイプのものではない。2009年にはブルーリボン賞の新人賞を、2012年にはエランドール賞の新人賞を受賞している。デビューからほどなくして、その才能は早くも公的に認められていた。
新人賞をしれっとさらっていくというのは、並大抵のことではない。それも続けざまにである。可憐な見た目とマイペースな佇まいの奥に、まぎれもない実力が備わっていたことを、これらの受賞は静かに物語っている。
世間に媚びず、自分のペースを貫く。吉高由里子のそうした在り方は、観ていて妙に気持ちがいい。可憐さとマイペースさ、清楚さとクセの強さ、その両極を自在に行き来しながら、彼女は誰の真似でもない自分だけの場所に立っている。
これからも彼女は、きっと誰かに合わせることなく、自分のリズムで化け続けるのだろう。そして私たちは、その変幻自在ぶりに、何度でも嬉しく驚かされるに違いない。