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全部を背負う男――大森元貴という、夏の音

大森元貴(シンガーソングライター)の写真

夏になると、どこかで必ず流れている曲がある。コンビニの店先、駅前の広場、誰かのスマートフォンのスピーカー。気がつけば口ずさんでいるあのメロディの多くは、一人の男の手から生まれている。

1996年9月14日、東京都西東京市。大森元貴は、バンド「Mrs. GREEN APPLE」のフロントマンとして、作詞も作曲も歌唱も、そのほとんどを自ら引き受けてきた。一つの仕事を任されるだけでも大変な世界で、彼は曲の核心そのものを、いくつも丸ごと背負っている。

西東京から始まった声

彼が生まれ育ったのは、東京の西側に位置する西東京市。きらびやかな中心地ではなく、住宅と日常の続く街だ。その普通の風景の中から、いつしか日本中が口ずさむメロディを生む声が育っていった。

巨大な才能というのは、必ずしも特別な場所から現れるわけではない。むしろ、ありふれた日々の手触りを知っているからこそ、多くの人の心に届く歌が書けるのかもしれない。大森元貴のポップスには、そういう地続きの親しみがある。

一人で抱える、ということ

作詞、作曲、そしてリードボーカル。Mrs. GREEN APPLEにおいて、大森元貴はそのすべてを担っている。これは「器用」という一言で片づけられるものではない。曲の設計から言葉の選び方、そして自らの声でそれを届ける最後の瞬間まで、一貫した一つの意志が流れているということだ。

ともすれば欲張りに見える。けれど、その欲張りが見事に成立してしまうところに、彼の凄みがある。すべてを自分で握るからこそ、ぶれない世界観が立ち上がる。

季節の風景になった歌

「青と夏」「ダンスホール」。これらの楽曲は、もはや単なるヒット曲という枠を超えている。夏が来れば自然と耳に入り、街の空気の一部になっている。日本のポップミュージックの定番として、季節そのものと結びついているのだ。

ある曲が「風景になる」というのは、簡単なことではない。何度も繰り返し聴かれ、誰かの思い出に紐づき、世代を超えて共有されて初めて、その域に達する。彼の代表曲たちは、すでにそこへ届いている。

明るさの裏にあるもの

彼の音楽は、軽やかで明るいポップとして耳に入ってくる。あの高い声は、まるで何の苦もなく出ているように聞こえる。けれど、そう聞こえること自体が、徹底した作り込みの結果だろう。本当に楽そうに響くものほど、その裏には膨大な計算と執念が隠れているものだ。

そして歌詞をよく聴くと、明るいメロディに乗せて、案外しんどいこと、切ないことを言っていたりする。表面の華やかさと、その奥にある重さ。その二層構造こそが、聴く者を何度も引き戻す。

東京の西の端から出てきた一人の青年が、ここまで日本中に歌を口ずさませる存在になった。それは、才能だけでは説明しきれない。曲も詞も歌も、すべてを自分の手で握り続けるという、ある種の覚悟があってこそだ。

明るいポップの仮面の下で、彼は静かに本気で何かを言い続けている。だからこそ、彼の夏の音は、毎年また私たちの街に帰ってくる。