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川に流されていた男が、源頼朝になるまで――大泉洋という「全部できる庶民」

大泉洋(俳優・タレント)の写真

最初に彼を見たとき、その人はたいてい何かに困っていた。森の奥で道に迷い、川に流され、深夜のサイコロの出目に絶望して叫んでいた。北海道のローカル番組の片隅で、ボヤきながら旅をするその姿は、どこにでもいそうな冴えないお兄ちゃんだった。

それから三十年。同じ男が、NHK大河ドラマで源頼朝を演じ、日本アカデミー賞の常連となり、観客の涙腺を静かに壊しにかかっている。大泉洋。北海道江別市生まれの一人の俳優が辿った道のりは、計算では決して描けない、奇妙で愛おしい軌跡である。

人生はどこへ転がっていくか分からない。彼ほどそれを体現している人物も、そういない。

北海道の演劇青年、テレビに「拾われる」

1973年4月3日、大泉洋は北海道江別市に生まれた。のちに札幌市南区真駒内へ移り、北海道札幌藻岩高等学校を経て、北海学園大学経済学部に進学する。高等学校教諭免許(地理・公民)まで取得しており、もう一つの人生では教壇に立っていたかもしれない男だ。

転機は大学の演劇研究会だった。1996年、在学中に演劇ユニット「TEAM NACS」を結成。同じ年、北海道テレビの番組「水曜どうでしょう」にレギュラーとして出演を始める。これが彼のデビューであり、運命の分岐点だった。

旅をしながらボヤき、笑い、時に本気で消耗する。その飾らない姿が、旅番組という枠を超えた新しい何かを生み出していった。彼はこの番組で「役を演じる」のではなく、「自分のまま面白い」という稀有な才能を発見されたのだった。

東京へ、そして俳優へ――遅咲きの本領

「水曜どうでしょう」のレギュラー放送は2002年に終了する。だが大泉の物語はそこから本格的に動き出す。2004年に東京進出を果たし、音楽活動も本格化させた。ローカルタレントが全国区へと舞台を移していったのである。

俳優としての評価が決定的になるのは2010年代だ。2011年公開の映画「探偵はBARにいる」で主演を務め、翌2012年には第35回日本アカデミー賞優秀主演男優賞を受賞。2015年の「駆込み女と駆出し男」では医師・独庵を演じ、第58回ブルーリボン賞主演男優賞に輝いた。

そして2014年、映画「青天の霹靂」では主演と監督を兼ねるという二足のわらじを履く。あの軽妙なトーク芸の裏に、作品全体を見渡す眼があったことを、この一作が証明していた。

笑わせる男が、泣かせにくるという反則

大泉洋の最大の武器は、あのマシンガンのように喋り倒すボヤき芸だろう。場を回し、隙を見せ、自分から転んでみせる。観客はつい「ほっとけない」と思ってしまう。

ところが、その同じ男がシリアスな芝居に入った途端、空気が一変する。2018年の「こんな夜更けにバナナかよ 愛しき実話」では、難病を抱えながらも自由奔放に生きた実在の人物・鹿野靖明を演じ、観客の涙腺を容赦なく揺さぶった。普段あれだけ笑わせてくる男が本気で泣かせにくるのだから、これはもう一種の反則である。

2019年のドラマ「ノーサイド・ゲーム」、2023年の「ラストマン-全盲の捜査官-」と主演作は途切れない。コメディからシリアスまで、振り幅の大きさこそが彼の真骨頂だ。

大河で頼朝を背負った日

2022年、大泉洋はNHK大河ドラマ「鎌倉殿の13人」で源頼朝を演じた。かつて川に流されていた男が、武家政権を打ち立てた冷徹な棟梁を背負ったのである。人懐っこさの奥に底知れぬ非情さを覗かせる彼の頼朝像は、多くの視聴者の記憶に刻まれた。

翌2023年には映画「月の満ち欠け」で第46回日本アカデミー賞優秀主演男優賞を受賞。受賞歴を並べれば押しも押されもせぬ名優だが、それでも彼は決して「庶民派」の顔を手放さない。

私生活では2009年に元フジテレビプロデューサーの中島久美子と結婚し、2011年には長女が誕生している。動物全般が苦手で、特にサルや猫から全力で逃げ回るという情けない一面も、彼の愛嬌の一部だ。

歌わせれば意外なほど上手く、司会をやらせれば場を回し、シリアスな芝居では涙を誘う。これだけ何でもできてしまうのに、彼は最後まで「ちょっと頼りない、隙だらけのオッチャン」の顔を崩さない。それこそが大泉洋という人の最大のズルさであり、最大の魅力なのだろう。

同じ時代に大泉洋がいてくれて、テレビをつけるたびに笑わせてもらい、時に泣かされる。人生がどこへ転がるか分からないからこそ、彼の歩みはこれからも目が離せない。