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静かなる怪物――トリプルスリーを何度も成し遂げた男、山田哲人

山田哲人(野球選手)の写真

野球には、バットを派手に放り投げ、吠えながらベースを回るスター像がある。だが山田哲人は、そのどれとも違う。彼は静かに、しかし確実に、とんでもない数字を積み上げていくタイプの選手だ。

1992年7月16日、兵庫県豊岡市に生まれた。身長180センチ。東京ヤクルトスワローズの背番号1を背負い、長年にわたって二塁を守り続け、チームの顔であり続けた。

打率三割、本塁打30、盗塁30――いわゆる「トリプルスリー」を、しかも複数回成し遂げた。セカンドという守備位置の枠には、到底収まりきらない選手である。

兵庫の豊岡から、東京の看板へ

山田哲人の出発点は、兵庫県豊岡市。日本海にほど近いこの地方都市から、彼は野球の道を歩み始めた。

そして拠点を移した先は、大都市・東京。プロ野球の世界で東京ヤクルトスワローズの一員となり、やがて背番号1という、チームを象徴する番号を背負うまでになる。地方から出てきて、首都の球団の看板を長年担い続ける――それだけでも、並大抵の根性と器用さではない。

「トリプルスリー」という金字塔

山田の名を不動のものにしたのが、トリプルスリーの達成だ。打率三割をキープしながら、本塁打を30本以上放ち、さらに盗塁も30以上決める。打撃・長打・走塁という、本来なら別々の才能を一人の選手の中に同居させなければ届かない領域である。

しかも彼は、それを一度きりの偶然で終わらせなかった。複数回にわたって成し遂げたのだ。打って、飛ばして、走る。日本プロ野球の歴史の中でも、これほど総合力に秀でた内野手はそうそういない。「セカンドの枠に収まらない化け物」という形容は、決して大げさではない。

数字が物語る、静かな凄み

山田の魅力は、その振る舞いの静けさにある。派手にバットを放り投げて雄叫びを上げるタイプではない。淡々とプレーし、気づけば成績がとんでもないことになっている。

この「静かな凄み」こそ、彼の真骨頂だ。観客が騒ぎ立てる前に、結果だけがそこに残っている。自己主張で目を引くのではなく、数字そのものに語らせる。職人気質という言葉が、これほど似合う選手も珍しい。

怪我と闘いながら、立ち続ける

長いキャリアには、怪我との闘いがつきものだ。山田もまた、その例外ではなかった。万全ではない体と向き合いながら、それでもグラウンドに立ち続けてきた。

派手な復活劇を声高に語るわけではない。ただ、黙って戻ってきて、黙ってプレーする。その姿には、見ている者に拍手を送らせる確かな力がある。番号「1」を背負い続けるということの重みを、彼は身をもって示してきた。

山田哲人は、騒がしいスターではない。けれど、打って、飛ばして、走る――その総合力で、彼は日本プロ野球に確かな足跡を刻んできた。

兵庫の豊岡から出てきて、東京の看板を背負い、怪我とも闘いながら立ち続ける。その静かな凄みに、これからも黙って拍手を送りたくなる選手である。