歌バカ、と自ら名乗る男――平井堅、長身から零れ落ちる甘い低音の30年
すらりとした長身、整った佇まい。その第一印象から、いざ歌い出した瞬間にこちらは一度転ばされる。腹の底まで届くような、甘く深い低音。見た目とのギャップが、平井堅という歌手の入口だ。
「瞳をとじて」「楽園」――日本中が口ずさめる名曲をいくつも世に送り出しながら、本人は自分を「歌バカ」と呼ぶ。その照れ隠しのような自称こそ、彼の人柄をよく表している。大阪に生まれ三重で育った一人の青年が、30年をかけて歌の深みを増していった軌跡をたどる。
三重で育った少年
平井堅は1972年1月17日、大阪府に生まれた。育ったのは三重県名張市。三重県立上野高等学校まで、地元で学生時代を過ごした。
その後、横浜市立大学商学部へ進学する。歌一筋の人生に見えて、実は商学を学んだ経歴を持つ。サザンオールスターズを敬愛するアーティストとして公言している。
オーディションからCDデビューへ
転機は1993年。Sony Music Entertainmentのオーディションに入選し、ソニーレコードと契約を交わす。プロへの扉は、自らの声で勝ち取ったものだった。
1995年、シングル「Precious Junk」でCDデビュー。フジテレビ系ドラマ『王様のレストラン』のタイアップ曲だった。だが、すぐに大ブレイクとはいかなかった。彼の名が一気に広まるまでには、もう少しの時間が必要だった。
「楽園」、そして「瞳をとじて」の年
2000年、シングル「楽園」が大ヒットを記録し、平井堅はついにブレイクを果たす。デビューから5年、歌い続けた声がようやく日本中に届いた瞬間だった。
そして2004年。映画『世界の中心で、愛をさけぶ』の主題歌となったシングル「瞳をとじて」は、その年最大のヒットとなる。同年のアルバム「SENTIMENTALovers」はオリコン1位を獲得した。2002年にはカバーで「大きな古時計」を、2003年にはカバーアルバム「Ken's Bar」をリリースし、オリジナルとカバーの双方で唯一無二の歌声を響かせている。
賞が証明する歌声、そして遊び心
受賞歴も華やかだ。2001年から2006年まで、日本ゴールドディスク大賞のアルバム部門を毎年受賞。MTV Video Music Awards Japanでは2002年・2005年・2006年に最優秀男性アーティストビデオ賞に輝き、2005年には「瞳をとじて」で最優秀映画ビデオ賞も同時受賞している。
注目したいのは、これだけの評価を得ながら天狗にならない姿勢だ。10周年の写真集に『歌バカ一代』と名付けてしまうような、歌の上手さに溺れないその遊び心こそが、長く愛される理由のひとつだろう。
30周年、深まり続ける声
2005年にはデビュー10周年記念のベスト盤「歌バカ」をリリース。この自称がそのままタイトルになったあたりに、彼のユーモアがにじむ。2015年には20周年、2025年にはついにデビュー30周年を迎え、横浜アリーナでの記念ライブで節目を祝った。
驚くべきは、30年を経てなお声が枯れるどころか、ますます深みを増していることだ。2020年の「怪物さん feat.あいみょん」のような新しい挑戦も続けながら、彼の低音は年を重ねるごとに豊かになっている。
すらりとした見た目から零れ落ちる、思いがけないほど甘い低音。その最初のギャップに転ばされ、気づけば名曲の数々を口ずさんでいる。それでも本人は「歌バカ」と笑ってみせる。
デビュー30年を超えて、声に深みを増し続ける化け物のような歌い手。もはや歌バカを通り越して、歌の鬼と呼びたくなる。その甘い低音は、これからも長く私たちの記憶に残っていくはずだ。