雑誌の片隅から日本映画の真ん中へ――広瀬すずという光

スクリーンに彼女が映った瞬間、空気がふっと明るくなる。八重歯をのぞかせて笑うと、隣にいる人物まで楽しそうに見えてくる。広瀬すずには、そういう不思議な力がある。
けれど彼女の歩みは、決して「最初から光の中にいた人」のものではない。静岡県清水区で生まれた一人の少女が、雑誌のグラビアという片隅から始め、地道に積み重ねて、いつのまにか日本映画の中心に立っていた。その軌跡をたどると、「可愛い」という言葉だけでは到底片づけられない、一人の表現者の輪郭が見えてくる。
清水から始まった物語
広瀬すずは1998年6月19日、静岡県清水区の生まれ。海と富士山に近いこの土地で育った少女が、やがて全国のスクリーンを彩る存在になるとは、当時誰が想像しただろう。
キャリアの出発点はファッション誌のモデルだった。子役、グラビア、そしてファッションモデル――肩書きは時期によって移ろいながらも、彼女は一貫してカメラの前に立ち続けた。表紙を飾り、誌面で笑い、少しずつ世間に顔を覚えられていく。華やかに見えるその世界の裏で、彼女は地道に経験を重ねていった。
モデルから女優へ、踏み出した一歩
モデルとして注目を集めた彼女が次に挑んだのが、演じることだった。静止した一枚の写真の中で魅せるのと、動き、声を発し、感情を生きる芝居とは、まったく別の技術である。多くの「可愛い顔」が、この壁を越えられずに消えていく。
広瀬すずは、その壁を越えた。雑誌のページから飛び出し、物語の登場人物として息づき始める。表情のひとつ、間の取り方ひとつに、彼女自身の色が宿るようになっていった。
早すぎる評価――新人賞という証明
彼女の演技が「ただの人気者」のものではないことは、賞という形で早くから証明された。2015年、日刊スポーツ映画大賞の新人賞を受賞。さらに2017年には、芸能界で新人の登竜門とされるエランドール賞の新人賞に輝いた。
これらの賞は、本人の容姿ではなく芝居に対して贈られたものだ。映像業界の目利きたちが、彼女の表現を「本物」と認めた瞬間でもある。デビューから間もない若手が、これだけの評価を立て続けに受けるのは、決して当たり前のことではない。
姉妹で、それぞれの色を
芸能の世界には、姉の広瀬アリスもいる。同じ業界に身を置く姉妹というのは、ともすれば比較され、片方の影に隠れてしまいがちだ。けれど二人は、互いの個性をぼかすことなく、それぞれが独自の道を切り拓いてきた。
似ているようでいて違う。並んでもなお、どちらも自分の輪郭を保っている。その在り方には、姉妹そろっての芯の強さがにじむ。広瀬すずの「自分の色を出す」という資質は、こうした関係性のなかでも変わらず貫かれてきた。
看板女優としての現在
気づけば彼女は、映画もドラマも引っ張る看板女優になっていた。身長158センチの小柄な体に、画面いっぱいに広がるような明るさを宿す。あの八重歯のくしゃっとした笑顔は、もはや彼女のトレードマークだ。
公式インスタグラムやXでも発信を続け、ファンとの距離を保ちながら、表現者としての歩みを止めない。温かく、少し茶目っ気があって、目が離せない――そんな魅力が、彼女を長く愛される存在にしている。
雑誌の片隅から始まり、新人賞をいくつも手にし、いつのまにか日本映画の真ん中に立つ。広瀬すずの物語は、「可愛い」という言葉の先にある、努力と実力の物語だ。
あの笑顔の奥には、地道に積み重ねてきた時間がある。だからこそ、彼女が画面に現れるとき、私たちは理屈抜きに惹きつけられるのだろう。