ローソンからサントリーへ——よそ者・新浪剛史が描いた出世物語

傾きかけた会社に外から乗り込み、立て直し、やがて日本を代表する企業のトップにまで上り詰める。新浪剛史の歩みは、まるで絵に描いたような出世物語である。だが、その筋書きを実際に演じきるのは、並大抵のことではない。
1959年1月30日、神奈川県横浜市生まれ。慶應義塾大学を卒業し、企業経営の世界でキャリアを積み重ねてきた。生え抜きではない場所に飛び込み、外から来た人間として結果を出す——その難しさを、彼はシレッとやってのけてきた。
コンビニエンスストアの再建から、ウイスキーとビールを背負う巨大企業の舵取りへ。本稿では、横浜の慶應ボーイがいかにして日本経済を語る立場へと駆け上がったのか、その軌跡を追う。
横浜から慶應へ
新浪剛史は神奈川県横浜市に生まれた。港町の空気の中で育ち、やがて慶應義塾大学へと進む。日本のビジネスエリートの王道とも言える道筋を歩みながら、彼が後に見せるのは、王道だけでは説明できない胆力だった。
学歴やキャリアの初期を眺めると、いわゆる優等生的な経歴に見える。しかし彼の真価は、整った経歴そのものよりも、その後に飛び込んでいった「自分が生え抜きではない場所」での振る舞いにこそ表れている。
傾きかけたローソンを立て直す
新浪剛史の名を広く知らしめたのは、ローソンの経営再建である。彼はローソンの社長として、勢いを欠いていたコンビニエンスストアチェーンの立て直しを主導した。
外から来た人間が、既存の組織で結果を出すのは容易ではない。社内の論理や慣習、生え抜きたちの目——そうした壁を越えて成果を上げるには、相当の胆力と実行力が要る。新浪はそれをやってのけ、サラリーマン社長として一つの成功物語を築き上げた。この再建の実績が、彼を次の大舞台へと押し上げることになる。
サントリーの舵を握る
ローソンでの実績を引っ提げ、新浪剛史はサントリーホールディングスの社長兼最高経営責任者に就任する。ウイスキーやビールで知られる、日本でも有数の飲料コングロマリットの舵取りである。
創業家の色が濃い企業のトップに、外部出身者として迎えられる——これ自体が異例であり、彼への期待の大きさを物語っている。横浜の慶應ボーイがウイスキーとビールを背負って日本の経済を語る、その絵面はなかなかに様になっている。
忖度せずに語る経済人
新浪剛史は、経済界の重鎮としても知られる。日本の経済政策をめぐる議論の場で、影響力ある声を発し続けてきた人物である。
特徴的なのは、その物言いだ。忖度が幅を利かせがちな日本の経済界にあって、彼はズバズバと自分の考えを口にする。周囲をヒヤヒヤさせることもあるだろうが、その率直さは、同調圧力の強い世界では一種の清涼剤でもある。難しい経済論を語る厳しい顔の一方で、酒の話になればふと目を輝かせていそうな——そんな硬軟の落差も、彼の人間味を感じさせる。
生え抜きではない場所に飛び込み、ローソンを立て直し、サントリーのトップにまで上り詰めた新浪剛史。外から来た人間が結果を出し続けるその姿は、日本の企業社会における一つの新しいリーダー像を示してきた。
鋼のような胆力と、酒を語るときに覗くであろう温かさ。その両方を併せ持つからこそ、彼は応援したくなる経済人なのである。