名門の重荷をふわりと脱いで――松たか子という、声と表情の二刀流
歌舞伎の超名門に生まれる、ということがどれほど重いか、想像してみてほしい。家の歴史、観客の期待、その看板に見合った振る舞い。生まれた瞬間からまとわりつく無数の視線。普通ならその重さに足をすくわれそうなものだ。
ところが松たか子は、その重荷をふわりと脱ぎ捨てるようにして、自分の足で歩き出した。歌舞伎の血を引きながら、女優として、歌手として、声優として――まるで肩の力を抜いたまま、行く先々で唯一無二の存在になっていく。1977年東京生まれ。父は二代目松本白鸚。その娘が、自分だけの名前で日本中に愛されるまでの物語である。
名門・松本家に生まれて
父は歌舞伎俳優の二代目松本白鸚、兄は十代目松本幸四郎、姉は女優の松本紀保。芸の道がそのまま家の空気である環境に、彼女は1977年6月10日に生まれた。
白百合学園に学び、やがて堀越高等学校へ転校。家の稽古は日本舞踊にもおよび、のちに松本流の名取(初代松本幸華)の名を許されるほどの素養を身につけた。生まれながらにして「舞台に立つ」ことが運命づけられていた人だが、本人はそれを義務というより、ごく自然な日常として受け止めていたように見える。
1993年、初舞台と"松たか子"の誕生
1993年、彼女は歌舞伎座の舞台『人情噺文七元結』で初舞台を踏む。家業としての出発だった。翌1994年にはNHK大河ドラマ『花の乱』でテレビドラマにデビュー。歌舞伎の世界から、より広い大衆の前へと一歩を踏み出す。
転機は1996年。フジテレビ系『ロングバケーション』への出演で、彼女は一躍人気女優となった。あの少しはにかんだ笑顔は、いまも多くの人の記憶に残っている。歌舞伎の名門の娘という肩書きを越えて、「松たか子」という固有名詞が、お茶の間に深く刻まれた瞬間だった。
歌う女優――紅白からアカデミー賞の舞台へ
1997年、彼女はシングル「明日、春が来たら」で歌手デビューを果たし、同じ年にNHK紅白歌合戦へ初出場する。女優でありながら、歌でも本物だった。
その歌声が世界に届いたのが2014年。ディズニー映画『アナと雪の女王』日本語版で、彼女はエルサの声と歌唱を担当した。透き通った声で響かせる「ありのままで」は社会現象となり、世代を超えて口ずさまれた。そして2020年、第92回アカデミー賞授賞式で『アナと雪の女王2』の主題歌を歌唱。日本人として初めて、あの舞台で歌った人になった。
静かな声で背筋を凍らせる――『告白』という到達点
歌の透明感とは対極の凄みを見せたのが、女優・松たか子の真骨頂だ。2003年『赤目四十八瀧心中未遂』で第27回日本アカデミー賞最優秀主演女優賞を受賞。2010年の『ヴィヨンの妻』、そして翌年の『告白』で、彼女は2年連続の最優秀主演女優賞を手にする。
とりわけ『告白』で見せた、感情を削ぎ落とした冷たい目と静かな声は忘れがたい。声を荒げることなく、ただ淡々と語るだけで、観客の背筋をすっと凍らせる。品の良さと底知れぬ怖さが同居する稀有な演技だった。2017年には『カルテット』で主演女優賞を総なめにし、近年も『大豆田とわ子と三人の元夫』など、軽やかさと深みを併せ持つ役で第一線を走り続けている。
人物像――お嬢さんなのに、庶民の機微がわかる人
2007年、ギタリストで音楽プロデューサーの佐橋佳幸と結婚。2015年には長女を出産した。私生活ではインスタグラムなどを公開せず、過度に表へ出ない静かなスタンスを保っている。
趣味はピアノと音楽鑑賞。歌、歌舞伎、日本舞踊と、芸の根っこには常に「音」と「身体」がある。名門のお嬢さんでありながら、役の中の庶民の感情までていねいにすくい上げる――その絶妙な距離感が、彼女の演技に人間味を与えている。
歌舞伎の血、女優としての受賞歴、世界に届いた歌声。どれをとっても十分に「すごい人」だが、松たか子の魅力はそこではない。生まれ持った看板の重さをまるで感じさせず、ロングバケーションの笑顔も、告白の冷たい目も、エルサの澄んだ歌声も、すべて自分の足で勝ち取ってきたこと。その自然体こそが、彼女が世代を超えて愛され続ける理由なのだろう。