猫背の天才から林業の人へ――松山ケンイチが化け続ける理由

青森県むつ市。本州の最北、下北半島の付け根にあるこの町から、日本を代表する役者の一人が生まれた。松山ケンイチ。1985年3月5日生まれ。180センチの長身で、写真に収まればそれだけで画になる男だ。
だが彼を語るとき、人はその端正な顔立ちより先に「猫背でしゃがみ、甘いものをバリバリ食う変人」を思い出す。役者・松山ケンイチの面白さは、二枚目としてラクに生きられたはずの人間が、わざわざ最も奇妙で困難な役柄へ飛び込んでいく、その姿勢そのものにある。
下北半島から出てきた少年
むつ市は、漁業と自衛隊の基地で知られる、けっして華やかとはいえない土地だ。そこで育った少年が、いつしかファッションモデルとして人前に立ち、やがて俳優へと歩みを進めていく。
地方から都会へ出て、芸能の世界で名を成す。言葉にすればよくある話だが、彼の場合、出発点の素朴さと到達点の役柄の振れ幅の大きさが、そのまま彼の魅力になっている。きらびやかな業界の中心にいながら、どこか飄々として、地に足のついた空気をまとい続けているのは、この出自と無縁ではないだろう。
Lという当たり役
松山ケンイチの名を決定的に世間へ刻みつけたのは、なんといっても『デスノート』のL役である。床にうずくまるように座り、甘いものを際限なく口に運び、しかし頭脳だけは異常に冴えている――そんな常識から外れた天才探偵を、彼は完璧に自分のものにしてみせた。
普通の役者なら持て余すであろう奇癖の塊のようなキャラクターを、嫌味なく、むしろ愛嬌さえ漂わせて演じきった。あのインパクトは、観た者の記憶からなかなか消えない。「化けられる役者」としての松山ケンイチは、この一作で広く認知された。
賞が証明したもの
彼の演技は、評価という形でもきちんと裏づけられている。2007年にはエランドール賞の新人賞、同年に日本アカデミー賞の最優秀助演男優賞を受賞。2009年には日本アカデミー賞の最優秀主演男優賞へと駆け上がった。
さらに2017年にはブルーリボン賞の主演男優賞、加えて毎日映画コンクールの男優主演賞も手にしている。助演から主演へ、若手から実力派へ。賞歴の並びそのものが、彼が一過性の人気ではなく、確かな演技力で積み上げてきた俳優であることを物語っている。
媚びない生き方
見栄えのする長身、確かな実力、十分な評価。芸能界のきらびやかな路線をいくらでも走れる立場にありながら、近年の松山ケンイチは、林業や自然のなかの暮らしに本気で打ち込んでいると伝えられる。
これは単なるイメージ戦略ではない。スターであることに安住せず、別の生き方を実地で選び取っていく姿勢には、彼が役柄でも見せてきた「何にでも化ける」しなやかさと、芯の強さが通底している。華やかさに媚びないその身の振り方は、見ていて妙に粋だ。
猫背の天才探偵から、自然のなかで体を動かす一人の生活者まで。松山ケンイチという役者は、スクリーンの内でも外でも、固定されることを拒んでいるように見える。
二枚目の看板に寄りかからず、奇役にも体当たりし、結果を残しながらも浮ついたところがない。下北半島から出てきた長身の青年は、化け続けることで、自分という存在を更新し続けている。その飄々とした足取りこそが、彼を長く見ていたくなる理由なのだろう。