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マウンドから茶の間へ――板東英二、二度愛された男の物語

板東英二(野球選手・俳優)の写真

ひとつの人生で、まったく異なる舞台に二度立ち、そのどちらでも観客の心をつかんでしまう人がいる。板東英二は、まさにそういう稀有な存在だ。

かつては剛速球で打者をなぎ倒す投手だった。やがてその同じ人物が、テレビの画面のなかで、誰よりも柔らかく笑い、誰よりも親しみやすい「おっちゃん」として茶の間に居座るようになる。グラウンドの緊張感と、お茶の間ののどかさ。その両極を、ひとりの人間がここまで自然に往復してみせた例は、そう多くない。

1940年4月5日生まれ。野球選手、俳優、タレント、映画俳優――肩書きを並べただけでも、彼の歩んだ道が一筋縄ではいかなかったことが伝わってくる。

三振を量産した剛腕投手

板東英二の名は、まず野球の世界で知られた。プロ野球の中日ドラゴンズに所属し、打者を片っ端から三振に打ち取る支配的な投手として鳴らした人物である。

バッターボックスに立つ相手を、まるでなすすべのない存在に変えてしまう――そんな迫力を持った投手だった。今の若い世代に語ってもなかなか実感を持って伝わらないかもしれないが、彼のボールは確かに、当時のグラウンドを震わせていた。

だが、どんな剛腕にも、マウンドを降りる日は訪れる。問題は、その先で人がどう生きるかだ。板東英二の物語が面白いのは、ここからの第二幕にある。

マウンドを降りて、画面のなかへ

投手としてのキャリアを終えた板東英二は、引退後の選手にありがちな静かな余生を選ばなかった。彼が向かった先は、テレビの世界だった。

そしてここでも、彼は埋もれなかった。鋭い野球解説をこなす一方で、普段はにこやかで柔らかい表情を絶やさない。その鋭さと柔らかさのギャップが、視聴者を惹きつけた。タレントとして、彼は新しい居場所を確実に築いていったのである。

ひとつの分野で成功した人間が、まったく別の分野でも食べていける――それがどれほど難しいことか。板東英二は、それをいとも自然にやってのけた。

ブルーリボン賞という証

タレントとしての成功は、ともすれば「元有名選手だから」という色眼鏡で語られがちだ。だが板東英二には、その見方を覆す確かな実績がある。

1990年、彼は映画における演技でブルーリボン賞の助演男優賞を受賞した。これは話題性だけのキャスティングではなく、俳優としての実力がきちんと評価された証である。野球で名を成し、演技でも賞を手にする。彼の二度目の人生は、決して中途半端なものではなかった。

「卵の人」という愛され方

これだけの経歴を持ちながら、世間の多くの人が彼を最終的に「卵の人」として記憶しているのは、なんとも微笑ましい話だ。

ゆで卵をこよなく愛し、卵の話題になると目を輝かせる――そんな人間味あふれる一面こそが、板東英二の魅力の核心なのかもしれない。気取らず、無理に演じず、それでいて妙に愛おしい。スマートな有名人にはない、独特の温かさがそこにはある。

俳優として賞を取るほどの実力者が、最後にはみんなから「卵が好きなおっちゃん」と覚えられている。本人もきっと、笑ってしまうのではないだろうか。

剛腕投手として打者をねじ伏せ、画面のなかでは誰よりも親しみやすい存在として愛される。板東英二は、まったく異なるふたつの舞台を、ひとつの人生のなかでつないでみせた。

グラウンドから茶の間まで、これほど長く、これほど広く愛され続けた人物はそう多くない。肩書きは時代とともに移り変わっても、その柔らかな笑顔と、卵を語るときの少年のような目だけは、変わらず人々の記憶に残り続けている。