ピンクの星から、全員集合の祭りへ――桜井政博、職人の執念

ピンクの丸い生き物が、敵を吸い込んで空を飛ぶ。任天堂のゲームを少しでも触ったことがある人なら、星のカービィの愛らしさを知らないはずがない。そしてもう一つ、世代もシリーズも超えた人気者たちが一つの舞台で殴り合う祭り――大乱闘スマッシュブラザーズ。この二つの巨大な看板を生み出し、率いてきたのが桜井政博である。
1970年8月3日、東京都日野市に生まれる。脚本家、声優、計算機科学者、そしてゲームディレクター兼プロデューサー。肩書きをいくつ並べても足りないこの人物の正体は、結局のところ一人の途方もない職人だ。
ピンクの星が生まれた日
星のカービィは、桜井政博の名前を語るうえで欠かせない代表作である。誰でも手に取れる優しさと、奥に潜む奥深さ。その両立こそがカービィの魅力であり、後の彼の仕事すべてに通じる思想でもある。
遊ぶ人を置き去りにしない――この一点を、彼は若い頃から徹底してきた。難しさで人を選ぶのではなく、まず誰もが笑顔で触れられる入り口を用意する。その優しさが、ピンクの星を世界中に届けた。
全員を一つの舞台に
大乱闘スマッシュブラザーズシリーズは、桜井政博のもう一つの代表作であり、ある種の狂気の結晶でもある。性質も動きもまったく異なる無数のキャラクターを、一つの土俵に集め、互いに「ちゃんと喧嘩させる」。言葉にすれば一行だが、その調整作業の膨大さは想像を絶する。
一人ひとりの個性を殺さず、それでいて全体のバランスを崩さない。この矛盾しかねない要求を、彼は気が遠くなるほどの細部の積み重ねで成立させてきた。スマブラが世代を超えた祭りであり続けるのは、その執念の上に立っているからだ。
惜しみなく開く、作り手の頭の中
桜井政博のもう一つの顔は、ゲーム作りの裏側を語る発信者としての姿である。本来なら企業秘密にしておきたくなるような設計判断や考え方を、彼は驚くほど気前よく明かしてきた。
その姿勢の根っこにあるのは、「ゲームを作る楽しさを、もっと多くの人に知ってほしい」という願いだろう。自分の積み上げた知見を抱え込まず、次の世代へと開いていく。その太っ腹さは、職人であると同時に、業界そのものを育てようとする人の姿でもある。
大臣賞を獲っても、一プレイヤーのまま
2015年、桜井政博は日本ゲーム大賞の経済産業大臣賞を受賞している。国がその功績を認める、まぎれもない頂点の評価である。
それでも彼は、作り手の高みから見下ろすのではなく、いまだに一人のプレイヤーの目線を手放さない。遊ぶ側が何を面白いと感じるかを、自分の感覚として持ち続けている。受賞してなお現場の細部に没頭し続けるその姿勢こそ、彼を唯一無二の存在にしている。
カービィを生み、スマブラを束ね、作り手の頭の中まで開いてみせる。桜井政博がやってきたことは、どれ一つとっても一生分の仕事に思える。それを一人で背負い、しかもニコニコと続けてきたのだから恐ろしい。
頂点に立ってなお、遊ぶ人のことを一番に考え続ける。その執念と気前のよさに、ただ頭が下がる。日本のゲーム史に、彼の名前は深く刻まれている。