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京都が生んだ縁の下のお姉ちゃん――横山由依、芯の太さで愛された総監督

横山由依(歌手・俳優)の写真

派手にきらめくスターは、たいてい光の中心に立っている。けれども、その光をいちばん長く支えるのは、ステージの真ん中ではなく、その少し後ろに立つ人だったりする。横山由依という人を語るとき、まず思い浮かぶのはそんな姿だ。

1992年12月8日、京都府木津川市に生まれた彼女は、歌い、踊り、芝居をし、そのうえで大所帯のアイドルグループ全体を黙って回す役割まで背負った。表ではにこやかに笑いながら、裏では全体を見渡す。射手座の自由な気質と、何があっても折れない芯の太さを併せ持つ、不思議なバランスの人である。

京都から飛び込んだ大舞台

木津川市は、京都府の南端に位置する、決してきらびやかとは言えない土地だ。そこで育った少女が、日本でもっとも人数の多いアイドルグループのひとつであるAKB48に身を投じた。

地方の落ち着いた空気の中で育った人が、あの喧騒の只中に飛び込むというのは、想像以上に肝の据わったことだ。横山由依の物腰には、どこか京都の人らしい柔らかさと、その奥に隠れた頑固さがある。人前で声を荒らげるタイプではない。それでいて、ここぞというところでは決して引かない。そういう静かな強さを、彼女は最初から持っていた。

総監督という重荷

アイドルとして歌い踊るだけでも大変なのに、横山由依はグループ全体をまとめる総監督という立場を担った。これは要するに、学級委員どころか、何百人規模の文化祭の実行委員長を何年も務めるようなものだ。普通なら胃に穴があいてもおかしくない。

しかし彼女は、その重圧を表に出さなかった。メンバー一人ひとりに目を配り、全体の空気を整え、必要なときには厳しく、ふだんは温かく接する。派手な号令で引っ張るのではなく、いてくれるだけで場が落ち着く――そういうリーダーシップだった。縁の下の力持ちという言葉が、これほど似合う人もそういない。

歌・芝居・まとめ役、いったい体がいくつあるのか

横山由依の肩書きは一つではない。歌手であり、俳優であり、アイドルであり、タレントでもある。歌い、踊り、芝居をこなし、そのうえでグループ全体の精神的な支柱まで引き受けた。

これだけのものを同時に背負って、よく潰れなかったものだと感心する。おそらく彼女は、自分が目立つことよりも、全体がうまく回ることに喜びを見いだせる人なのだろう。だからこそ、何役もこなしながら、笑顔を絶やさずにいられた。表舞台の華やかさと、裏方の地味な責任。その両方を引き受けられる人は、決して多くない。

おらんと困る、という愛され方

スターには二種類いる。いるだけで場が華やぐ人と、いなくなって初めてその大きさに気づかれる人だ。横山由依は明らかに後者である。

ひときわ目立つ花火のような存在ではなかったかもしれない。けれど、彼女がいなくなった瞬間に、誰もがその穴の大きさに気づく。みんなのまとめ役、頼れるお姉ちゃん、空気を整える人。そういう役回りは、最前列でスポットライトを浴びる仕事よりも、ずっと地味で、ずっと長く必要とされる。彼女が愛され続けてきた理由は、まさにそこにある。

横山由依という人の魅力は、わかりやすい派手さではなく、その奥にある芯の太さと温かさにある。京都から大舞台へ飛び込み、歌い、踊り、芝居をし、そして何より大勢の仲間を黙って支え続けた。

そういう人は、流行が移り変わっても、人の記憶からは消えにくい。いてくれるだけで安心できる存在というのは、結局のところ、いちばん長く愛されるものだから。横山由依は、その典型のような人なのだ。