ペン一本で時代を閉じ込めた男――江口寿史、その色気のある一本線

広告の片隅で、本の表紙で、ふと目に留まった女の子のイラスト。涼やかで、どこかせつなくて、それでいて妙に色気がある一本の線。「あ、江口さんや」と、見た瞬間に分かってしまう。その一発で誰の手かを言い当てさせてしまう力は、もう技術というより指紋に近い。
その線の主が、江口寿史である。1956年3月29日、熊本県水俣市に生まれた一人の天才は、漫画家として、イラストレーターとして、長く日本のビジュアル表現の最前線に立ち続けてきた。
ギャグ漫画で世に出て、線の美しさで世間を驚かせ、そして「描かないこと」でさえ伝説になった――そんな唯一無二の歩みを、確かな事実をたどりながら描いてみたい。
水俣から出てきた天才
江口寿史は熊本県水俣市の出身だ。日本の漫画・イラストの歴史にその名を刻む表現者が、九州の港町から世に出てきた。
漫画家、イラストレーター、そして漫画原作者。彼の肩書きは、絵を描くことを軸に複数に広がっている。物語を生み、絵を生み、その両方で時代に名を残す――その出発点が、この水俣という土地だった。
ギャグ漫画家としての登場
彼が世に出るきっかけとなったのが、「すすめ!!パイレーツ」だ。ギャグ漫画家として鮮烈に登場し、まずは笑いで読者の心をつかんだ。
その後も「江口寿史の爆発ディナーショー」など、彼ならではの作品を世に送り出していく。最初に世間が知った江口寿史は、まぎれもなく「笑わせる人」だった。だが、その守備範囲はそこにとどまらなかった。
「ストップ!! ひばりくん!」と線の美しさ
ギャグで出てきた彼が、次に世間を驚かせたのは、線の美しさそのものだった。代表作「ストップ!! ひばりくん!」は、その洗練されたラインで広く評価された作品である。
笑いの作家でありながら、絵の美しさで人を圧倒する。この振れ幅の大きさこそが、江口寿史を特別な存在にしている。1992年には文藝春秋漫画賞を受けており、その表現が確かな評価を得たことを物語っている。やがて彼は、漫画の枠を超えて、女の子のイラストを一本の線で描き上げるイラストレーターとしても、唯一無二の地位を築いていく。
「次号に続く」が続かない伝説
江口寿史を語るとき、その画力と並んで必ず話題になるのが、締め切りにまつわる伝説だ。「次号に続く」がなかなか続かないことでも知られ、読者は幾度となくやきもきさせられてきた。
普通なら欠点として語られそうなその逸話さえも、彼の場合はどこか愛すべきものとして受け止められている。伝説的な「落とし方」も含めて愛されてしまう――そこに、この作家の不思議な魅力がある。
今でも、街のどこかで彼の描いた女の子と出会うことがある。涼しげで、ほんの少し憂いを帯びた、色気のある一本線。その線を見るだけで、誰の手かが分かってしまう。
熊本の水俣から、こんな天才が出てきた。ペン一本で時代の空気ごと閉じ込めてしまう魔法のような手を、私たちは胸を張って自慢していい。