肩書きは多いが、向いている方向は一つ――泉房穂と明石の物語

弁護士で、社会福祉士で、政治家。肩書きだけ並べればえらいてんこ盛りだ。だが泉房穂という人を見ていると、その全部が一本の線でつながっているのがわかる。「困っている人をなんとかしたる」――それだけだ。
兵庫県明石市。いまやこの街の名を聞けば、この人の顔が浮かぶ。東大を出てなお泥くさく、歯に衣着せず、ときにカーッと熱くなる。型にはまらないこの政治家が、子育て支援に振り切って街そのものを変えた。
明石に生まれて
泉房穂は1963年8月19日、兵庫県明石市に生まれた。星座は獅子座、干支は卯。地元の兵庫県立明石西高等学校に学んだのち、東京大学教育学部へ進んだ。
東大教育学部という経歴は、後の彼の仕事の方向性を予感させる。人を育てること、人を支えること――学びの出発点からして、その関心はすでに芽生えていたのかもしれない。
三つの肩書き、一つの動機
弁護士、社会福祉士、政治家。一見バラバラに見えるこの三つの肩書きは、泉房穂の中では完全に一つにつながっている。法律で人を守り、福祉で人を支え、政治で仕組みを動かす。すべては「困っている人をなんとかする」という一点に向かっている。
肩書きの一つを取るためでも多くの人が必死になるところを、彼はそのどれにも本気で取り組んできた。資格やキャリアそのものが目的ではなく、目の前の人を助けるための道具だった――そう考えると、この欲張りなほどの経歴の意味がすっと通る。
子育て支援に振り切った街
明石市長として、泉房穂は子育て支援に思いきり振り切った。華やかさはない、地味な領域だ。だが、街が生きるか死ぬかを実際に左右するのは、まさにそういう政策である。
結果は数字が語った。減りつつあった人口が反転し、街に人が戻ってきた。やることがいちいち豪快で、それでいて成果が出る。子育てに優しい街をつくれば人は集まる――当たり前のようでいて、本気でやり切った自治体は多くない。彼はそれをやり切った。
歯に衣着せず、本気で怒る
泉房穂を語るとき、あの率直すぎる物言いは外せない。広報的に磨かれた言葉ではなく、思ったことをそのまま口にする。たまにカーッと熱くなり、声を荒げることもある。見ているこちらがハラハラする場面も少なくない。
それでも腹が立たないのは、あれが計算ではなく本気の怒りだからだ。困っている人が放っておかれることに、本心から怒っている。エリートの経歴を持ちながら、その振る舞いには一切の取り繕いがない。エリートの履歴書、磨かれていない物腰、そして全部が心から出ている――この組み合わせは、あまりに珍しい。
肩書きはいくつあっても、向いている方向は一つでいい。泉房穂が示したのは、そういう生き方だ。法律も福祉も政治も、すべて困っている人のために使う。明石という街は、その本気を受け止めて姿を変えた。
東大を出てこの泥くささ。ええ意味で型にはまらないこの人を、ワイは率直に好きだと思う。