伊達からニューヨークへ——静かに刻む映画作家、福永壮志

北海道の伊達に生まれ、気づけばニューヨークで映画を撮っている。経歴をひとことで言えばそれだけなのに、その一行のなかにはもう、一本の物語が始まりそうな手触りがある。
福永壮志は、派手なスターと大きな予算でドカンと当てるタイプの作り手ではない。確かに知られているのは、彼が自分の足で土地に入り、そこに生きる人々を見つめるような映画を撮ってきた、ということだ。ここでは、公開された事実だけを頼りに、その作家の輪郭をたどってみたい。
1982年、北海道伊達市に生まれる
福永壮志は1982年9月10日、北海道の伊達市に生まれた。星座は乙女座、干支は戌(いぬ)。
伊達という土地は、北海道のなかでも歴史と自然が折り重なる地域だ。のちに海を渡って映画を撮ることになる人物が、この土地から出発したという事実は、彼の作品が一貫して「場所」と「そこに生きる人」へまなざしを向ける姿勢と、どこかで響き合っているように感じられる。
ニューヨークで学ぶ
学歴として公にされているのは、ニューヨーク市立大学で学んだことだ。
北海道の地方都市からニューヨークへ。この移動だけでも、彼が早くから世界へ視野を広げていたことがうかがえる。アメリカを拠点としながら活動を続けつつも、故郷である北海道との強いつながりを保ち続けてきた——その二つの場所のあいだを行き来する立ち位置こそ、福永壮志という作家を理解する鍵になる。
自分で書く、というスタイル
福永壮志は映画監督であり、脚本家でもある。自らの脚本で映画を撮るということは、語りたいことが腹の底にしっかりとある、ということだ。
彼が知られているのは、大規模な商業作品ではなく、親密で観察的な映画によってである。アイヌの人々の暮らしを正面から描いた作品もそのひとつだ。流行を追いかけるなら、まず選ばないであろう題材。そこを真正面から見据えたという事実が、作り手としての姿勢を静かに物語っている。
わかっている事実は多くない。生まれた土地、学んだ大学、映画監督であり脚本家であること、そして見つめる対象への誠実さ。それでも、この断片を並べるだけで、ひとりの作家の輪郭はくっきりと立ち上がる。
派手さで殴ってくるのではなく、静かにこちらの心にスッと残してくる。福永壮志は、そういう作り手なのだと思う。海の向こうにいても、根っこは確かに故郷に残したまま。