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ラスボスは中学生だった——藤井聡太、八冠への軌跡

藤井聡太(将棋棋士)の写真

将棋の世界に、ある日突然「ラスボス」が現れた。それは強面のベテランでも、海外の天才でもなかった。愛知県瀬戸市出身の、まだ中学生の少年だった。

藤井聡太。2016年、史上最年少の14歳2か月でプロ棋士となったこの青年は、デビュー直後から負けることを知らないかのように勝ち続け、ついには将棋界に存在する八つのタイトルすべてを同時に手にしてしまった。史上初の偉業である。

これは、盤の前に座った瞬間に空気の密度が変わる、ひとりの天才の物語だ。

小学1年生の弟子入り

藤井聡太は2002年7月19日、愛知県瀬戸市に生まれた。彼が本格的に将棋の道を歩み始めたのは、小学1年のとき。東海研修会に入会し、のちに八段となる杉本昌隆に師事する。

瀬戸市立效範小学校から名古屋大学教育学部附属中学校へ。盤上の才能は早くから際立っていたが、本人を語る上で外せないのは、その異常なまでの集中力と、詰将棋——王手を続けて相手の玉を詰ませるパズル——への異常な強さだった。彼にとって将棋は、勝負であると同時に、純粋な計算と美しさの世界でもあったのだろう。

14歳のプロ、そして29連勝

2016年10月1日、藤井は奨励会三段リーグを突破し、史上最年少の14歳2か月でプロ棋士四段に昇段した。それまでの最年少記録を大きく更新する、衝撃的なデビューだった。

だが世間が本当に驚いたのはここからだ。プロデビュー戦から、彼は一度も負けなかった。そして2017年、公式戦29連勝という、それまで誰も到達したことのない歴代最多連勝記録を打ち立てる。「将棋の天才少年」という言葉が、メディアを駆け巡った。ベテランたちが何十年もかけて磨く技を、まるでゲームを高速でクリアしていく子どものように、彼は次々と乗り越えていった。

史上最年少のタイトル、そして冠の増殖

2020年、藤井は17歳11か月で棋聖を獲得し、史上最年少タイトル獲得記録を樹立する。同年には王位も奪い、早くも二冠に。

ここから先は、タイトルが雪だるま式に増えていく。2021年に叡王・竜王を加えて四冠。2022年に王将・棋王を加えて六冠。彼が一つの王座に挑むたびに、将棋界の地図は塗り替えられていった。AIが「最善手」と示す手を、人間である彼が盤上に再現してしまう——その光景は、人智の限界そのものを問い直すものだった。

八冠——誰も見たことのない景色

そして2023年。藤井は名人と王座を獲得し、ついに将棋界に存在する八つのタイトルすべてを同時に保持する「八冠」を達成する。将棋史上、誰一人として到達したことのない頂だった。

この功績に対し、同年、内閣総理大臣顕彰が贈られた。一個人の棋士の偉業が、国家の名で讃えられる——それがどれほど異例のことか。第13回から第16回まで、将棋大賞の最優秀棋士賞を4年連続で受賞していることも、彼の時代がどれほど圧倒的であるかを物語っている。

盤を離れれば、鉄道好きの青年

これほどの存在でありながら、盤を離れた藤井聡太は驚くほど普通の青年だ。趣味は鉄道——電車に乗ること、そして鉄道模型。数字遊びを楽しみ、温泉を愛し、好物はバターライスや麺類。きのこ類は苦手だという。

対局中に何を食べるか、いわゆる「勝負おやつ」が毎回ニュースになるのも、彼のキャラクターゆえだ。将棋研究には高性能なコンピューター(AMD Ryzen Threadripper)を使い込むという、研究者のような一面もある。公表上のライバルは伊藤匠。対局後の感想は淡々として謙虚で、勝っても決して驕らない。その末恐ろしさが、彼の本当の強さなのかもしれない。

中学生でプロになり、デビューから負け知らずで連勝記録を破り、気づけば全タイトルを独占していた。盤の前に座ったときの集中力は、画面越しでも息をするのを忘れるほどの密度を放つ。

人智を超えかけた強さと、変わらぬ謙虚さ。この棋士が現役である時代に、リアルタイムで将棋を見られること——それは後世から羨ましがられるほどの幸運だ。私たちは今、間違いなく一つの伝説の真っ只中にいる。