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笑顔のまま、一歩も引かない──野田聖子という政治家の輪郭

野田聖子(政治家)の写真

日本の政治を長く眺めてきた人なら、永田町の風景の中にいつのまにか欠かせない一人として、彼女の姿を見つけているはずだ。野田聖子。1960年9月3日、福岡県北九州市に生まれ、上智大学を卒業し、自由民主党と国会の中でベテランとしての地歩を築いてきた女性政治家である。

男性が圧倒的に多い世界で、彼女は幾度も大臣の任を務めてきた。にこやかでありながら、言うべきことは言い切る。その肝の据わり方は、政治家という人種を見慣れた目から見ても、どこか普通ではない。

福岡から永田町へ

野田聖子は福岡県北九州市の生まれ。田園調布雙葉高校を中退してアメリカの高校を卒業し、上智大学を経て帝国ホテルに勤めた。祖父・野田卯一の養子となって地盤を継ぎ、1987年に26歳で岐阜県議会議員に当選、1993年からは衆議院議員を務めている。

そして自由民主党と国会の中で、長く名を知られる存在となった。

何度も大臣を務めた人

野田聖子のキャリアを語るとき、避けて通れないのが、複数の閣僚ポストを歴任してきたという事実だ。大臣という重い職責を、彼女は一度ならず担ってきた。

それは、一過性の話題ではなく、長い時間をかけて積み上げられた信頼の証でもある。風向きが変わりやすい政治の世界で、繰り返し要職に就くということは、それ自体がひとつの実力の証明にほかならない。

男社会の中で

日本の政治は、今なお男性が圧倒的多数を占める世界だ。その中で女性として大臣を務め、ベテランとして存在感を保ち続けることの難しさは、想像に難くない。

野田聖子は、その世界で笑顔を絶やさず、それでいて自分の主張を引っ込めない人として知られてきた。ニコニコしながら、肝心なところでは一歩も引かない。その温度のある頑固さが、彼女を「ほうっておけない」存在にしている。

海の向こうからの評価

2020年、野田聖子はフランス政府からレジオンドヌール勲章シュヴァリエを授与された。国内での実績だけでなく、海の向こうからも一目置かれているという、確かな証である。

一方で、夫の野田文信が元暴力団員であることは、最高裁判所でも真実と認定されている。カタブツに見られがちな政治家という職業の中で、人間くさい温度を失わないまま、国際的な評価まで受け取る。その両立は、けっして当たり前のことではない。

政治家への賛否は、人それぞれだろう。野田聖子の取ってきた立場のすべてに、誰もが頷くわけではない。

それでも、彼女を「退屈だ」「目立たない」と評する人はおそらく少ない。男ばかりの世界で笑顔のまま引かず、何度も要職を担い、海外からも勲章を受ける──その存在感は、好悪を超えて、無視できないものとして立っている。北九州に生まれた一人の女性が、こうして日本政治の風景の一部になった事実は、それ自体が一つの物語である。