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低めへ沈むボールの哲学――横浜が生んだ左腕、青柳晃洋

青柳晃洋(野球選手)の写真

速い球で力ねじ伏せる投手がいる。一方で、低めへスーッと沈むボールでバッターの体勢を崩し、勝手にアウトを積み上げていく投手がいる。青柳晃洋は、まぎれもなく後者の系譜に連なる左腕だ。

1993年12月11日、神奈川県横浜市に生まれた。身長182センチ。剛速球で目を引くタイプではないのに、なぜかバッターは打ち損じる。その投球には、派手さの代わりに「いやらしさ」という確かな武器が宿っている。

横浜という大都市から世に出て、長くプロのマウンドで腕をふるってきた職人。今回は、確かな事実をたどりながら、この左腕の人物像をたどってみたい。

横浜の街から、川崎工科そして帝京大学へ

青柳晃洋の出発点は、神奈川県横浜市である。野球少年が無数に育つこの大都市で、彼もまた白球を追い続けた一人だった。

進んだのは神奈川県立川崎工科高等学校。いわゆる甲子園の名門校という看板を背負ったわけではない。それでも野球を続け、その先に帝京大学への道をつないだ。エリート街道を一直線に駆け抜けたというより、一段ずつ自分の足場を固めながら登ってきた――そんな歩みが、彼の投球スタイルとどこか重なって見える。

力で押さない、技で崩す

青柳の投球を語るうえで欠かせないのが、低めに集める制球と、バッターの手元で沈むボールだ。150キロ超の速球で空振りを奪うのではなく、コーナーを丁寧に突き、低めへ沈めて打者に手を出させ、自滅へと誘い込む。

このタイプの投手は、見ている側にじわじわ効いてくる。一球ごとに派手な歓声が起きるわけではない。それでも気づけば打者が凡打の山を築いている。粘っこく、いやらしく、そして確実。彼の武器は、まさに「目立たないのに効く」という一点に凝縮されている。

ピンチでも崩れない、ひょうひょうとした佇まい

マウンド上の表情も、青柳という投手の魅力の一つだ。ランナーを背負った場面でも、彼はあまり感情を顔に出さない。淡々と、ひょうひょうと投げ続ける。

その落ち着きは、相手バッターにとってはかえって読みにくい。気合いをむき出しにして吠える投手なら、こちらも対抗できる。だが、何を考えているのか分からない静けさは、妙な不気味さを帯びる。技術だけでなく、この「食えなさ」もまた、青柳が長くマウンドに立ち続けてこられた理由なのだろう。

ハンドルネームに忍ばせた、虎への想い

彼の人柄がにじむのが、SNSの一面だ。Xのアカウント名には、虎を匂わせるニュアンスが仕込まれている。長く阪神タイガースのマウンドで腕をふるってきた左腕らしい、さりげない遊び心である。

声高に何かを主張するわけではない。けれど、ふとしたところにチームへの愛着がにじむ。インスタグラムでも自身の発信を続けており、淡々とした言葉の端々に、彼らしい温度が感じられる。派手な自己演出とは無縁の、根っからの実直さがそこにある。

青柳晃洋は、ホームランバッターのように一発で球場を沸かせる存在ではない。けれど、低めへ沈む一球を磨き続け、コツコツとアウトを積み重ねていくその姿には、まぎれもなく職人の凄みがある。

派手な数字より、確かな仕事。横浜が生んだこの左腕は、これからも静かに、しかし鋭く、バッターを手玉に取り続けるはずだ。