東大からカマキリまで――香川照之という名の振り切れた俳優

画面の隅に立っているだけで、視線がそこへ吸い寄せられてしまう俳優がいる。香川照之はまさにその一人だ。主役を喰うほどの存在感、目を見開いて全身で役に食らいつく芝居、そして人を不安にさせるほどの濃さ。彼が登場した瞬間、物語の温度が変わる。
けれどこの俳優の経歴をたどると、もう一つの顔が見えてくる。1965年12月7日、東京に生まれ、暁星中学・高等学校を経て東京大学を卒業したという、絵に描いたような秀才の道。その頭脳の持ち主が、なぜ全力で奇人を演じ、子ども番組でカマキリの真似に没頭するのか。香川照之の面白さは、この振れ幅そのものにある。
秀才が選んだ「演じる」という道
暁星から東京大学へ。学歴だけを見れば、官僚にでも研究者にでもなれそうな道筋だ。だが香川照之が選んだのは、自らの身体と感情をさらけ出す俳優という仕事だった。
恵まれた知性を、計算や論理ではなく、人間の業や狂気を表現することに注ぎ込む。その選択は、安全な人生を捨てて不確かな表現の世界へ飛び込む決意でもあった。頭で考え抜く力と、本能で爆発する力。その両方を併せ持つことが、後の彼の芝居の厚みを生んでいく。
脇役で奪う、二度のブルーリボン賞
香川照之の真骨頂は、しばしば「脇」にある。主役を支える立場でありながら、画面に映った瞬間に観客の意識をさらってしまう。その存在感は、ただ濃いだけの個性ではない。
その証が、2001年と2007年に二度受賞したブルーリボン賞助演男優賞だ。助演という枠で二度も評価されるというのは、一過性のインパクトではなく、確かな技術に裏打ちされた演技力があってこそ。濃さと巧さが両立している――それが映画賞の数字として刻まれている。
歌舞伎という、もう一つの覚悟
映像の世界で確固たる地位を築いた香川照之は、さらに歌舞伎という伝統芸能の世界へも飛び込んだ。型と血筋が物を言う厳しい世界に、看板を背負って立つ。これは並大抵の覚悟でできることではない。
声優としてアニメーションに声を当て、テレビの司会者として進行を担い、舞台では歌舞伎役者として化粧をする。映像、声、舞台――異なる表現の場を横断しながら、そのどれにも全力で食らいついていく。一つの技を究める職人とは違う、貪欲に領域を広げ続ける表現者の姿がそこにある。
鬼気迫る芝居と、ふっと抜ける愛嬌
芝居に向き合うときの香川照之は、しばしば「鬼」と評されるほどの集中と気迫を見せる。役のためなら見栄えも体裁も投げ捨て、目を剥き、声を張り、全身で人物になりきる。
ところが、子ども向けの昆虫番組に立つときの彼は、まるで別人のように楽しそうだ。カマキリに扮し、虫を語る顔には屈託がない。芝居の鬼でありながら、どこか抜けていて愛嬌がある。この緊張と緩和の落差こそが、香川照之という人を「怖いのに憎めない」存在にしているのだろう。
東京大学で鍛えた知性を、画面の中で目を見開いてカマキリを演じることに使う。その人生の使い道は、傍から見れば実にオモシロい。けれど、二度のブルーリボン賞、歌舞伎への参入、声優や司会まで広がる活動を並べれば、それが単なる奇行ではなく、表現に対する徹底した本気の表れだと分かる。
何にでも全力で食らいつく芝居の鬼。それでいて、どこか抜けていて愛嬌がある。緻密と爆発、伝統と娯楽、緊張と笑い――相反するものを一人で抱え込み、そのすべてを芝居に変えてしまう。香川照之とは、そういう振り切れた俳優である。