弓を握る優等生、口を開けば本音の人――高嶋ちさ子という痛快

ヴァイオリニスト、と紹介されたとき、私たちはどんな人物を思い浮かべるだろう。きっと、静謐なホールの照明の下、背筋を伸ばして弓を引く、どこか近寄りがたい上品な人――そんなイメージが先に立つはずだ。
ところが高嶋ちさ子は、その先入観を毎回気持ちよく裏切ってくる。テレビに出れば歯に衣着せず本音を語り、ときに鋭い毒を吐く。クラシックという格式高い世界の住人でありながら、彼女の言葉はどこまでも生身で、飾り気がない。1968年8月24日、東京に生まれた一人のヴァイオリニストは、いつしか「音楽家」という枠を軽々と越えて、お茶の間でもっとも親しまれる存在になっていた。
桐朋という、本物を鍛える場所
高嶋ちさ子の歩みを語るうえで外せないのが、その確かな土台だ。彼女は桐朋女子中学校・高等学校で学び、そのまま桐朋学園大学へと進んだ。桐朋といえば、日本のクラシック音楽界において数々の名手を世に送り出してきた名門である。
物心ついた頃から弓を握り、厳格な訓練を積み重ねた年月。その密度の濃さは、後年の彼女の言動すべての裏付けになっている。遠慮のない物言いも、本物の腕前という揺るぎない芯があるからこそ、聞く側はどこか納得してしまうのだ。
物言うクラシック奏者という新しさ
彼女が世間に広く知られるようになったのは、純粋な演奏活動だけが理由ではない。テレビをはじめとするメディアで見せる、率直で飾らない人柄こそが、多くの人を惹きつけた。
「優等生」のイメージで固まりがちなクラシック奏者の世界にあって、思ったことをそのまま口にする彼女の姿は新鮮だった。気どらず、本音で生きる。その潔さが、ジャンルの壁を越えて幅広い層に支持される理由になっている。
演奏家としての矜持を手放さずに
ここで強調しておきたいのは、彼女が「物言うタレント」として消費される存在ではない、ということだ。桐朋で鍛え上げた技術は紛れもなく本物で、ヴァイオリニストとしての矜持を彼女は決して手放していない。
公式サイトを構え、現役の奏者として活動を続けながら、メディアでも自分の言葉で語る。そのバランスこそが、ほかの誰にも代えがたい高嶋ちさ子という存在を形づくっている。
飾らず、媚びず、自分の言葉で生きる。高嶋ちさ子の痛快さは、上品さと率直さという、一見すると相反する二つを同時に成立させているところにある。
弓を握れば本物、口を開けば本音。その両立こそが、彼女がいつまでも愛され続ける理由なのだろう。