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足でかき回し、口で愛し続ける――高木豊、走り続ける野球人生

高木豊(野球選手・タレント)の写真

ホームランの豪快さも痛快だが、足ひとつで球場の空気をザワつかせる選手には、また別種のしびれるような魅力がある。投手をいらだたせ、塁を盗み、相手チームの集中をかき乱す。そんな機敏で頭を使った野球を体現したのが、高木豊である。

1958年10月22日、山口県防府市に生まれた高木豊は、プロ野球選手として球場を沸かせたのち、引退後はタレントとして野球の魅力を語り続けてきた。本稿では、公開されている確かな事実をたどりながら、彼の「走り続ける」野球人生を物語ってみたい。

防府からプロの世界へ

高木豊の原点は、山口県防府市にある。地元から高川学園高等学校へ進み、その後は中央大学へ。野球の名門で腕を磨いた彼は、やがてプロの世界へと飛び込んでいく。

地方の町から大学を経てプロへ――この道のりは、努力と実力の積み重ねなしには歩めないものだ。山口の防府という土地で育った一人の青年が、やがて球場をザワつかせる選手になっていく。その出発点に、地に足のついた歩みがあったことがうかがえる。

足で魅せる野球

高木豊の現役時代を語るうえで欠かせないのが、その俊足である。バットでも守備でも器用にこなしながら、なんといっても盗塁で相手をかき回す姿が痛快だった。投手を揺さぶり、塁を奪い、試合の流れを引き寄せる。見ている側まで思わず足がムズムズしてくるような、機敏な野球だ。

豪快な一発に頼るのではなく、足と頭を使って相手を崩していく。そうした「うるさい」プレースタイルは、派手さこそ控えめでも、見る者を飽きさせない確かな面白さを持っていた。高木豊は、まさにそうした野球の楽しさを体現した選手だった。

引退後の第二の人生

高木豊の真骨頂は、むしろ引退してからより鮮明になったのかもしれない。テレビの解説でも、インターネットの動画でも、その野球愛は隠しようもなくあふれ出てくる。試合をわかりやすく読み解き、惜しみなく言葉を尽くす。

現役を退いてからの方がよく喋るようになったのではないか――そう思わせるほど、彼の語りは止まらない。結局のところ、この人はずっと野球が好きで好きでたまらないのだ。そのまっすぐな愛情が、聞く者をほっとさせる。

軽快な語り口というもう一つの武器

アラカンと呼ばれる年齢になってもなお、高木豊は見た目も中身もエネルギッシュだ。若い選手をいじったり、持ち上げたり。その軽快で気さくな語り口は、野球という競技の魅力を、ファンにとって身近なものにしてくれる。

身長173センチ。天秤座生まれの彼は、解説者として、そしてネット時代のタレントとして、新しい世代のファンとも自然につながっていった。野球を「語る」ことを通じて、彼は今もなお現役のように走り続けている。

山口の防府からプロの世界へ飛び込み、足の速さひとつで球場をザワつかせた高木豊。現役を退いてもなお、解説や動画で野球愛をダダ漏れにしながら、若い選手とファンをつなぐ存在であり続けている。

足でかき回し、口で愛し続ける。そのスタイルは現役時代から引退後まで一貫している。野球が好きで好きでたまらない一人の野球人が、年齢を重ねてもエネルギッシュに走り続ける姿は、見ていてどこか応援したくなる――そんな魅力にあふれている。