ひとりで世代をまるごとさらった人――高橋留美子と「るーみっくワールド」の半世紀

ラブコメも、せつない恋愛も、ドタバタ格闘も、壮大な妖怪バトルも。普通なら一生かけてどれかひとつを極める作家がいるなかで、高橋留美子はそのすべてを描き、そのすべてを国民的ヒットに変えてしまった。「うる星やつら」「めぞん一刻」「らんま1/2」「犬夜叉」。並べてみると、まるで別々の作家の代表作が偶然そろったかのようだ。
だが、これらはすべて一人の手から生まれている。読者は気づけば「るーみっくワールド」という言葉を口にするようになっていた。作家の名前そのものが、ひとつのジャンルを指す言葉になった瞬間である。
新潟の医院に生まれた一人の少女が、どうやってここまで来たのか。淡々と、しかし途切れることなく週刊連載を描き続けるその姿には、天才という言葉だけでは説明しきれない何かがある。
新潟の医家に生まれて
高橋留美子は1957年10月10日、新潟県新潟市に生まれた。父・高橋光雄は産婦人科医院を営む医学者でありながら、俳句を詠み、絵を描く多才な人物だったという。2男1女の長女、上には兄が二人いた。
新潟大学教育学部附属新潟中学校から新潟県立新潟中央高等学校へ進み、やがて上京して日本女子大学文学部史学科に学ぶ。1980年に卒業しているが、彼女の本当の学びの場は大学の外にあった。劇画原作者・小池一夫が主宰する「劇画村塾」である。後年、彼女は池上遼一を敬愛する作家として公言しているが、物語を量産する筋力は、この塾の日々で鍛えられていった。
「うる星やつら」――一気に時代の中心へ
デビューは1978年。週刊少年サンデー掲載の「勝手なやつら」が第2回小学館新人コミック大賞少年部門佳作を受賞し、漫画家としての扉が開く。そして同じ1978年、彼女は早くも代表作のひとつとなる「うる星やつら」の連載を始めてしまう。
虎縞ビキニの宇宙人ラムと、女好きの高校生・あたるが繰り広げるドタバタラブコメは、瞬く間に時代の中心へと躍り出た。1981年には第26回小学館漫画賞少年部門を受賞。デビューからわずか数年で、彼女は週刊少年漫画の最前線に立っていた。
描き分けるという才能
驚くべきは、ここからの「引き出しの多さ」である。1980年には、せつなさと笑いが同居する傑作恋愛漫画「めぞん一刻」を並行して連載。1987年には性別が入れ替わる格闘ラブコメ「らんま1/2」を、同じ年に幻想的でホラー味のある「人魚の森」を世に送り出す。
そして1996年、戦国時代を舞台にした壮大な妖怪バトル巨編「犬夜叉」が始まる。2002年には同作で再び小学館漫画賞少年部門を受賞した。宇宙人ラブコメ、アパート群像劇、格闘ギャグ、妖怪叙事詩――これらをすべて第一線の水準で書き分ける作家は、世界を見渡してもそう多くない。
数字が証明する世界的存在
彼女の作品が積み上げた数字は途方もない。1995年に単行本の世界累計発行部数が1億部を突破し、2017年にはついに2億部を超えた。日本の枠を遥かに超えて読まれる作家である。
評価も国境を越えた。1994年には米国コミコン・インターナショナルのインクポット賞、2018年には米国アイズナー賞「コミックの殿堂」入り。そして2019年、フランスの第46回アングレーム国際漫画祭でグランプリを受賞する。日本人としては二人目の快挙だった。同年の文化庁長官表彰、2020年の紫綬褒章と、栄誉は続いた。
それでも、現役の週刊連載作家
ここまでの栄光を手にすれば、第一線を退いて悠々自適に過ごしても誰も文句は言わないだろう。だが彼女は違った。2009年には「境界のRINNE」、2019年には「MAO」と、週刊少年サンデーでの連載を途切れさせない。
自らの名を冠した有限会社るーみっくプロダクションを拠点に、彼女はいまも淡々と次のページに向かっている。ヒットを連発しながら、本人は地味なまでに仕事人であり続ける。その姿勢こそが、半世紀近くにわたって読者を惹きつけてやまない理由なのかもしれない。
うる星やつらで笑い、めぞん一刻で泣き、らんまで爆笑し、犬夜叉で胸を熱くした――世代の違う読者たちが、それぞれの入口から「るーみっくワールド」に迷い込んできた。一人の作家が、これほど多くの人生の片隅に居場所を持っている例は珍しい。
そして何より贅沢なのは、この生きる伝説の新作を、いまこの時代に読めるということだ。賞も勲章も受け尽くしてなお、ペンを置かない人がいる。それだけで、私たちは十分に幸運なのだと思う。