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二刀流では足りない――ビートたけし、笑いと暴力と沈黙の作家

ビートたけし(お笑い芸人・映画監督)の写真

東京・足立区梅島に生まれた一人の男が、漫才で日本中を笑い転がしたかと思えば、カメラを持って世界の映画祭で金獅子賞をさらってしまう。本名・北野武、芸名・ビートたけし。1947年1月18日生まれのこの人を、どう一言で説明すればいいのか、誰もが言葉に詰まる。

テレビでアホなことをやってケラケラ笑わせる「ビートたけし」と、寡黙で乾いた暴力を撮る「北野武」。この二人が同じ人物だという事実は、何度確かめても頭が混乱する。

二刀流という言葉では足りない。お笑い、映画、絵画、文筆、音楽――そのすべてが、結局は「たけし印」になってしまう。これは、日本のカルチャーの地層に一本のぶっとい柱を立てた男の物語である。

浅草フランス座から、ツービートの爆発へ

たけしの出発点は、華やかなテレビではなかった。1972年頃、浅草フランス座でコメディアンの深見千三郎門下に入り、下積みの修行を始める。明治大学工学部に在籍しながらの、芸人志望の青春だった(後に2004年、特別卒業認定を受けている)。

1975年、ビートきよしとツービートを結成しテレビ初出演。「バカヤロウ!」を決め台詞とする毒舌の高速漫才は、1982年のフジテレビ「THE MANZAI」などで爆発的な人気を獲得した。危うさすれすれの毒を吐きながら、最後にはどこか愛が残る――そのバランスは、計算なのか天然なのか、誰にも分からなかった。

「世界のキタノ」へ――映画監督・北野武の誕生

1989年、映画『その男、凶暴につき』で監督デビュー。お笑いの人がメガホンを取るという挑戦は、やがて世界を驚かせることになる。

1993年の『ソナチネ』はタオルミナ国際映画祭グランプリを受賞。そして1997年、『HANA-BI』が第54回ヴェネツィア国際映画祭で金獅子賞を獲得し、「世界のキタノ」としての名声を国際的に確立した。乾いた沈黙と突然の暴力、その狭間に滲む奇妙な優しさ。テレビの「たけし」とは別人のような作家性が、世界に認められた瞬間だった。

笑いと映画のあいだを行き来する

驚くべきは、世界的監督になってもなお、テレビでの「ビートたけし」をやめなかったことだ。『天才・たけしの元気が出るテレビ!!』や『ビートたけしのTVタックル』で司会を続けながら、片方の手で映画を撮り続けた。

2003年の『座頭市』は第60回ヴェネツィア国際映画祭で銀獅子賞を受賞。ラストのタップダンスの祝祭感は、お笑いと映画、両方を知る彼にしか作れないものだった。2023年には『首』を発表し、七十代を超えてなお創作の手を止めていない。

偉くなりきらない男

たけしの真骨頂は、これだけの実績を持ちながら、決して「偉い人」におさまらないところにある。2010年にフランス芸術文化勲章コマンドゥール、2016年にレジオン・ドヌール勲章オフィシエ、2018年に旭日小綬章を受章。世界中から栄誉を受けながら、本人はいまだにどこかフラフラと危ういことをやり続ける。

天使グッズを集め、ピアノを弾き、釣りをし、絵を描く。ゴンという名の犬を飼う。バイク事故で半身に麻痺を負っても、それすら飄々と乗り越えた。その「偉くなりきらなさ」こそが、逆に信用できるのだ。

お笑いも、映画も、絵も、結局すべてが「たけし印」になってしまう作家性の濃さ。彼が触れたものは、ジャンルを問わず、まぎれもなく彼のものになる。

漫才師として日本を笑わせ、映画監督として世界を黙らせた。何刀流とも数えきれないこの化け物は、日本のカルチャーの地層に、誰にも抜けない一本の太い柱を打ち込んだのだ。