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ウルフと呼ばれた男――千代の富士、土俵に刻んだ筋肉と眼差し

千代の富士貢(力士)の写真

北海道から出てきた一人の若者が、相撲という巨大な体格がものを言う世界で、最も鋭く、最も美しい強さを体現した。千代の富士貢。一九五五年六月一日に生まれ、二〇一六年七月三十一日にこの世を去った彼は、角界の歴史を語るうえで欠かすことのできない横綱である。

「ウルフ」――狼。その異名がすべてを物語っている。引き締まった筋肉、鋭い眼光、そして相手が大きかろうが容赦なく投げ飛ばす圧倒的な技。彼は単なる強者ではなかった。土俵という限られた円の中で、見る者の記憶に焼きつく一つの様式を作り上げた稀有な存在だった。

北海道から来た若者

千代の富士は北海道の生まれである。相撲という競技は、しばしば恵まれた体格を持つ者に有利だとされる。だが彼が背負っていたのは、決して恵まれたとは言えない身体だった。とりわけ肩の脱臼グセは、力士としての彼に長く影を落とす弱点であった。

普通であれば、その弱点に屈してもおかしくない。だが千代の富士は違った。彼はその身体を作り変える道を選んだのである。

筋肉という選択

彼が辿り着いた答えは、徹底した肉体の鍛錬だった。脱臼を防ぎ、自らの体を守るために、千代の富士は鋼のような筋肉をまとった。それは当時の相撲界において、決して一般的な「力士の体」ではなかった。

しかしその引き締まった肉体こそが、彼の代名詞となった。デカい相手をいとも簡単に上手投げで投げ飛ばす――その姿は、体格ではなく技と鍛え上げた肉体がものを言うことを証明してみせた。弱点を、最大の武器へと反転させたのである。

頂点に立ち続けるということ

千代の富士は横綱として、長きにわたり角界の頂点に立ち続けた。一度頂点に到達することと、そこに居続けることは、まったく別の難しさを持つ。多くの力士が栄光の頂で力尽きるなか、彼は鋭い眼差しを絶やすことなく勝ち続けた。

土俵で相手をギロッと見据えるあの顔。対戦相手にとって、それはすでに半ば勝負がついたかのような圧力だったに違いない。強さと風格を兼ね備えたその姿は、まさに「横綱」という言葉が求める理想の体現であった。

国民栄誉賞という証

一九八九年、千代の富士は国民栄誉賞を受賞する。これは日本における最も栄誉ある国民的な賞の一つであり、スポーツの一競技者がそれを受けるということの重みは計り知れない。

この受賞が示すのは、彼が単に強かったということだけではない。長年にわたって人々に感動を与え、相撲という伝統文化を背負い、そして品格をもってその頂点に座り続けた――その総体が国によって認められたのだ。強さの先にある「格」を、彼は確かに持っていた。

二〇一六年七月三十一日、千代の富士は世を去った。六十一歳という早すぎる別れだった。

それでも、あの引き締まった背中と、土俵の上でギラギラと光った眼差しは、今なお人々の記憶に残り続けている。相撲をリアルタイムで知らない世代の心にすら、「ウルフ」という二文字は強さの象徴として刻まれている。弱点を武器に変え、頂点に立ち続けた一人の力士。彼が遺したのは、努力という言葉では足りないほどの、生き様そのものであった。