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霊長類最強女子——吉田沙保里、16連覇と206連勝の果てに流した涙

吉田沙保里(レスリング選手・スポーツコーチ)の写真

「霊長類最強女子」。人類のカテゴリを少しはみ出したかのようなこの異名を、彼女は誇張ではなく、記録で証明してみせた。

世界大会16連覇。個人戦206連勝。13大会連続世界一というギネス世界記録。対戦相手にとって、組み合わせ表に「吉田沙保里」の四文字を見つけることは、それだけで半ば敗北を意味した。

だが、その絶対王者にも終わりは訪れる。そして、負けて初めて見せた涙が、日本中の心を打った。三重が生んだ世界一、吉田沙保里の物語である。

3歳から始まった、レスリング一筋の人生

1982年10月5日、三重県津市に生まれた吉田沙保里は、生まれながらにしてレスリングと共にあった。父・吉田栄勝は元レスリング選手であり、母・幸代もテニスの国体選手という、まさにスポーツ一家。

彼女がレスリングを始めたのは、わずか3歳のとき。父の指導のもと、来る日も来る日もタックルを磨いた。後に彼女の代名詞となる、あの相手を一瞬で崩す鋭いタックルは、この幼い日々の積み重ねから生まれたものだった。

1999年、世界カデット選手権に出場して優勝。2000年には世界ジュニア選手権を制し、頭角を現していく。そして2002年、世界選手権に初出場、初優勝という鮮烈なデビューを飾る。中京女子大学で学びながら、彼女は世界の頂点へと駆け上がっていった。

アテネ、北京、ロンドン——三連覇の女王

2004年アテネオリンピック。女子レスリングが正式種目となったこの大会で、吉田は女子55kg級の金メダルを獲得する。同年、紫綬褒章を受章。

その栄光は一度きりでは終わらなかった。2008年北京、2012年ロンドンと、彼女はオリンピックで三大会連続の金メダルを手にする。紫綬褒章は実に三度。そして2012年、その圧倒的な実績に対し、国民栄誉賞が贈られた。

同じ年、ギネス世界記録は彼女の13大会連続世界一を公式に認定する。2014年には世界大会16連覇、個人戦206連勝という、前人未踏の数字に到達した。もはや彼女は、勝つことが当たり前の存在になっていた。

リオの涙——絶対女王が見せた「人間」の顔

だが、2016年リオデジャネイロオリンピック。連覇のかかった決勝で、吉田はついに敗れる。手にしたのは銀メダルだった。

試合後の涙の会見は、日本中に深い印象を残した。あれほど強く、あれほど勝ち続けてきた彼女が、人目もはばからず泣く——その姿に、多くの人がもらい泣きした。負けて初めて、人々は気づいたのだ。彼女もまた、勝利のために誰よりも重圧を背負ってきた、一人の人間だったのだと。

その強さと弱さの両方を、人々は愛した。完璧すぎた女王が見せた涙は、彼女をいっそう人間らしく、いっそう愛される存在にした。

父の教え、そして引退——33年間の幕引き

吉田の競技人生を支えたのは、父・吉田栄勝の存在だった。3歳から手ほどきを受け、栄和人監督のもとでさらに技を磨いた。だがその父は、2014年にこの世を去る。最強の娘を育て上げた指導者の死は、彼女にとって計り知れない喪失だっただろう。

2016年、長年所属した綜合警備保障(ALSOK)を退社してフリーとなった彼女は、2019年1月、ついに現役引退を発表する。3歳から始まり、33年間に及んだレスリング選手生活に幕が下りた瞬間だった。

引退後はスポーツコーチ、そしてタレントとして新たな道を歩む。テレビで見せる、あの最強女子とは思えないほど愛らしい笑顔。そのギャップに、人々はまた魅了されていった。

ラーメンや焼き鳥を愛し、ディズニーに目を輝かせる——普段の彼女は、どこにでもいる気さくな女性だ。だが一度マットに立てば、地球上で最も強い女に変わる。そのギャップこそが、吉田沙保里という人間の魅力だった。

「レスリングが大好き」。彼女自身のこの言葉が、すべてを物語っている。三重の片田舎から世界の頂点まで駆け上がった一人の女性は、勝利と敗北の両方を通じて、強さとは何かを私たちに教えてくれた。