celeb-db
English

体の70%は映画でできている――小島秀夫が「遊び」を芸術に変えるまで

小島秀夫(ゲームクリエイター・ゲームデザイナー)の写真

ゲームを作る人が、真顔でこう言う。「俺の体の70%は映画でできている」。普通なら笑い話で終わる台詞を、彼はそのまま自分の創作哲学にしてしまった。小島秀夫。日本が世界に誇るゲームクリエイターであり、ゲームディレクター、脚本家、そしてプロデューサーである。

1963年、東京都世田谷区に生まれた一人の少年は、やがて「ステルスゲーム」という新しい遊びの形を生み出し、映画とゲームの境界線を溶かしていった。彼が作った作品の数々は、単なる娯楽を超えて、世界中のプレイヤーの心に刻まれている。

これは、コナミの一社員から自らの名を冠したスタジオの主へと至り、ついには英国映画テレビ芸術アカデミーから最高の栄誉を受けるまでの、一人の表現者の物語である。

映画に育てられた少年

小島秀夫は1963年8月24日、東京都世田谷区に生を受けた。その後、家族とともに神奈川県茅ヶ崎市、大阪府茨木市、兵庫県川西市と転居を重ねていく。

幼い頃から彼の世界の中心には常に映画と本があった。物語に没頭し、映像表現に魅せられたこの感性こそが、後に「ゲームを映画のように語る」という彼独自の手法の源泉となる。大学では経済学部に学んだと伝えられるが、彼の心はずっと、スクリーンの向こうにある物語の世界にあった。

「体の70%は映画でできている」――この言葉は単なる比喩ではない。小島秀夫という人間そのものが、観た映画、読んだ本、聴いた音楽の蓄積でできているのだ。

ステルスという発明

1986年、小島はコナミ(当時)に入社する。そして翌1987年、彼は初監督作品『メタルギア』をMSX2向けに世に送り出した。

この作品が画期的だったのは、「敵を倒す」のではなく「敵に見つからないように進む」ことを主眼に据えた点である。当時のゲームが力でねじ伏せる爽快感を競っていた中で、彼は「隠れる」という緊張感そのものを遊びに変えてみせた。今日「ステルスゲーム」と呼ばれる一大ジャンルは、ここから始まった。

続く1988年には『スナッチャー』を発表。映画的な演出と物語性をゲームに大胆に持ち込み、ゲームが語ることのできる物語の深さを切り拓いていった。

世界が振り向いた瞬間

1998年、小島の名を世界中に轟かせる作品が誕生する。PlayStation向けの『メタルギアソリッド』である。

緻密に作り込まれた潜入アクション、映画さながらのカメラワークとカットシーン、そして深く重厚な物語。プレイヤーは「ゲームを遊んでいる」のではなく「映画の主人公になっている」かのような体験をした。この作品は全世界的な大ヒットとなり、小島は名実ともに世界のトップクリエイターの仲間入りを果たす。

2001年、米Newsweek誌は彼を「未来を切り拓く10人」に選出した。日本人としてはただ一人の選出だった。以後、『メタルギアソリッド2』『3』『4』、そして2015年の『V ファントムペイン』へと、彼のシリーズは進化を続けていった。

ゼロからの再出発

2015年、小島は長年在籍したコナミデジタルエンタテインメントを退社する。そして同年、自らの名を掲げた株式会社コジマプロダクションを設立した。

ええ歳になってから、安定した大企業を飛び出し、ゼロから自分の城を築く。その決断には並々ならぬ覚悟があった。そして2019年、新スタジオの第一作『DEATH STRANDING』がPlayStation 4向けに発売される。

荒廃したアメリカを舞台に、ただ「荷物を運ぶ」ことを軸にしたこの作品は、発表当初こそ困惑を招いた。だが蓋を開けてみれば、人と人との「つながり」を描いたその物語は、世界中のプレイヤーを深く揺さぶった。The Game Awards 2019では最優秀ゲームディレクション賞と最優秀音楽賞をダブル受賞している。

巨匠であり、一人の映画ファン

2020年、小島は英国映画テレビ芸術アカデミー(BAFTA)からフェローシップを授与された。これはこのアカデミーが贈る最高の栄誉である。2022年には第72回芸術選奨 文部科学大臣賞(メディア芸術部門)も受賞した。

これほどの巨匠でありながら、彼の素顔は驚くほど身近だ。TwitterやInstagramでは、観た映画や読んだ本の感想を毎日のように発信し続けている。その姿は、世界的クリエイターというより、一人の純粋な映画好きそのものだ。ギネス世界記録には「最もTwitter/Instagramフォロワー数の多いゲームディレクター」として認定されている。

ゲームの神様と呼ばれてなお、彼は今日も一人の観客として、スクリーンに向き合い続けている。

ゲームを作る人が「俺の体の70%は映画でできている」と言い切る。その映画好きを丸ごとゲームに注ぎ込んだからこそ、世界は「なんだこの映画みたいなゲームは」と驚き、心を奪われた。

会社を辞めてゼロから自分の名を掲げる根性、巨匠になってもなお一人のファンであり続ける距離感。荷物を運ぶだけのゲームで世界中を泣かせる発想力。すべてが常人の予測の斜め上を行く。同じ時代に生きて、この人の次の一手を待てること自体が、ゲームを愛する者にとっては何よりの贅沢なのである。