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不器用なまでに真っ直ぐな政治家――小川淳也という生き方

小川淳也(政治家)の写真

東京大学を出て、中央官庁で働き、それから政治の世界へ。経歴だけを並べれば、絵に描いたようなエリートである。だが、小川淳也という政治家からは、不思議とギラギラした上昇志向の匂いがしない。

1971年4月18日、香川県高松市に生まれた彼は、立憲民主党に所属し、幹事長という要職まで務めてきた。それでもなお、どこか青臭さを手放さない。選挙のたびに苦戦しながら、それでも有権者に真正面から語りかける。その不器用な熱量が、見る者の心を妙に揺さぶるのだ。

これは、要領のよさよりも誠実さを選んでしまう、一人の政治家の物語である。

高松に生まれて

小川淳也は香川県高松市に生まれた。瀬戸内の穏やかな海に面したこの町は、後に彼が国政の場で代表することになる土地でもある。

地方の出身者が中央でエリートコースを歩むとき、しばしば故郷との距離が生まれる。だが彼の場合、生まれ育った香川との結びつきは、政治家としてのアイデンティティの核であり続けた。自分はどこの誰のために政治をするのか――その問いの答えが、いつも高松の風景の中にあったのだろう。

東京大学から官僚の道へ

小川淳也は東京大学を卒業した。日本の学歴社会において、これ以上ないとも言える出発点である。そして彼は、政治家として表舞台に立つ前に、まず公務員として行政の現場を歩んだ。

役所の中から国の仕組みを見てきた経験は、後の政治家としての視座を形づくった。制度がどう動き、どこで詰まるのか。机上の理想論ではなく、現場の手触りを知る者として、彼は後に政治の世界へと足を踏み入れていく。

苦戦の選挙、それでも前へ

政治家・小川淳也の歩みは、決して平坦なものではなかった。選挙のたびに苦しい戦いを強いられ、それでも彼は逃げずに、有権者一人ひとりに真っ直ぐ語りかけ続けた。

要領よく立ち回ろうと思えば、いくらでもやりようはあったはずだ。だが彼は、しょうもないところで真面目すぎて損をしてしまう。その不器用さこそが、彼を彼たらしめている。理想を語りすぎて足をすくわれることもある。それでもなお、彼の言葉には嘘がないと感じさせる何かがある。

立憲民主党、そして幹事長として

小川淳也は立憲民主党に身を置き、幹事長という党の要職を担うまでになった。一人の理想家が、党を動かす責任ある立場へと押し上げられていったのである。

ふつう、組織の中枢に上り詰めると、人は角が取れ、現実主義へと傾いていく。だが彼の場合、その立場に立ってもなお、最後まで青臭さを捨てきれない。理想ばかり言っていないで結果を出せ、と批判されることもあるだろう。それでも、その不器用な誠実さこそが、彼を応援したくなる理由になっている。

要領よく振る舞える能力を持ちながら、それをせずに、不器用なまでに真っ直ぐであろうとする。小川淳也という政治家の魅力は、結局のところ、その人間くささに尽きるのかもしれない。

エリートの肩書きを背負いながらも、ギラギラと権力を求めるのではなく、どこまでも誠実であろうとする一人の男。理想と現実のあいだで揺れながら、それでも前を向き続けるその姿を、つい応援したくなってしまう――そんな政治家である。