食卓の沈黙で世界を泣かせる――是枝裕和が静かに問い続ける「家族とは何か」

派手な事件は起こらない。声高な主張もない。それなのに、何気ない食卓のワンシーンだけで観る者の涙腺をやわらかく決壊させてしまう――そんな映画を撮り続ける監督が、是枝裕和である。
ドキュメンタリーの現場で培った観察眼を武器に、彼は一貫してひとつの問いを見つめてきた。家族とは、血のつながりなのか、それとも一緒に過ごした時間なのか。その静かな問いかけは、やがてカンヌ国際映画祭の頂点へと彼を導いていく。
これは、東京・練馬の文学青年が、世界が認める「家族の語り部」になるまでの物語である。
練馬の文学青年と、テレビの現場
是枝裕和は1962年6月6日、東京都練馬区に生まれた。練馬区立北町小学校、清瀬市立清瀬第三中学校、東京都立武蔵高等学校を経て、早稲田大学第一文学部文芸学科に進む。中高時代にはバレーボール部の部長を務めるなど、文学とともに人と向き合う日々を過ごした。
1987年に大学を卒業すると、彼は番組制作会社テレビマンユニオンに入社する。映画ではなく、まずテレビのドキュメンタリーの現場に身を置いたこの経験が、後の彼の作風の土台となった。事件を演出するのではなく、人の自然な表情と時間をじっと見つめる――その姿勢は、ここで磨かれたものである。
『幻の光』――いきなりヴェネツィアへ
1995年、是枝はついに劇映画の監督としてデビューする。その第一作『幻の光』が、第52回ヴェネツィア国際映画祭で金のオゼッラ賞(撮影賞)を受賞。デビュー作にして世界の映画祭が彼の映像を認めた、鮮烈な船出だった。
イタリアン・ネオレアリズモ、とりわけ『自転車泥棒』や『無防備都市』に強く影響を受けたと公言する彼の眼差しは、最初から市井の人々の暮らしと、そこに流れる時間へと注がれていた。
子どもたちと、自然な演技の魔法
2004年の『誰も知らない』は、是枝の名を国際的に決定づけた一本となる。出演した柳楽優弥が第57回カンヌ国際映画祭で史上最年少の男優賞を受賞し、世界を驚かせた。
是枝の演出の真骨頂は、とりわけ子役から自然な表情を引き出す力にある。演技を「させすぎない」ことで、作りものではない生の瞬間をスクリーンに定着させる。その手法は、もはや魔法と呼ぶほかない。2008年の『歩いても 歩いても』、2013年の『そして父になる』(第66回カンヌ審査員賞)、2015年の『海街diary』と、彼は家族の機微を描く作品を重ねていった。
『万引き家族』、カンヌの頂点へ
2014年、是枝は長く所属したテレビマンユニオンを退社し、制作者集団「分福」を設立する。そして2018年、彼のキャリアは頂点を迎えた。『万引き家族』が第71回カンヌ国際映画祭でパルム・ドール(最高賞)を受賞。日本人監督としては21年ぶり、史上4人目の快挙だった。
血のつながらない者たちが寄り添って暮らす擬似的な家族を通して、彼は「家族は選べないが、家族になることはできる」という優しくも鋭い問いを世界に投げかけた。翌2019年には第42回日本アカデミー賞で最優秀作品賞・最優秀監督賞も受賞している。
国境を越えて、問いはなお続く
是枝の探求は日本にとどまらない。2019年にはフランスでカトリーヌ・ドヌーヴらを迎えて『真実』を、2022年には韓国を舞台に『ブローカー』を撮り、言語や文化を越えて家族という普遍的なテーマに挑み続けた。
そして2023年、『怪物』が第76回カンヌ国際映画祭で脚本賞とクィア・パルム賞を受賞。少年たちのまなざしを通して、決めつけや偏見の危うさを静かに突きつけたこの作品でも、彼の問いはなお深化を続けている。フランケンシュタインのフィギュアを集めるという茶目っ気を覗かせながら、彼は淡々と、しかし確かに歩みを止めない。
派手な仕掛けに頼らず、ただ人の暮らしと表情を見つめ続けることで、是枝裕和は世界が日本映画の繊細さに気づく扉を開いた。
観終わったあと、自分の家族に少しだけ優しくしたくなる――そういう映画を、彼は撮り続けている。血のつながりよりも、ともに過ごした時間こそが家族をつくるのではないか。その静かな問いは、これからも私たちの胸に長く残り続けるだろう。