気配を消す才能――染谷将太という、役に溶ける俳優

スクリーンに彼が映っているとき、私たちはしばしば「俳優を観ている」という意識を忘れる。そこにいるのは染谷将太ではなく、影を抱えた青年であり、どこか飄々とした変わり者であり、ただそこに生きている一人の人間だ。
1992年9月3日、東京都江東区に生まれた染谷将太は、子役としてカメラの前に立ち始めた。長いキャリアのなかで彼が磨き上げたのは、派手さではなく「溶け込む力」だった。役に気配ごと滲み出し、自分という存在を消してしまう――そういう稀有な俳優である。
江東区で生まれた、カメラに馴染んだ少年
染谷将太は東京都江東区の出身。下町の空気が残るこの土地で生まれ育った彼は、早くから子役として活動を始めた。
幼い頃からカメラの前に立つということは、演技が特別な「よそゆきの行為」ではなく、日常の延長になるということでもある。後年の彼が見せる、肩の力の抜けたたたずまいの自然さは、この長い助走から来ているのかもしれない。
「上手いのに鼻につかない」という稀な塩梅
俳優の演技には、しばしば「上手さ」が透けて見えてしまう瞬間がある。技巧が前に出て、観る側が「ああ、演じている」と気づいてしまう。だが染谷将太の芝居には、その自意識の影が薄い。
シャープな青年も、影を抱えた孤独な人物も、急に飄々とした変人も、彼が演じると「ああ、こういう人、いるよな」という手触りに変わる。上手いのに鼻につかない――この絶妙な塩梅は、言葉にすると簡単だが、実際に体現できる俳優は決して多くない。
2013年、エランドール賞という追認
2013年、染谷将太はエランドール賞の新人賞を受賞した。映画・テレビ業界の新たな才能を称えるこの賞は、彼が早い段階で日本のスクリーンに確かな足跡を残したことの証である。
学業の面では目黒日本大学高等学校に通った。派手な経歴で語られるタイプの俳優ではないが、作品のなかで積み上げた信頼こそが、彼の名刺代わりになっている。
顔の引き出しの多さ、という財産
一人の俳優が、まったく異なる人格をいくつも自分のなかに飼っている。染谷将太を観ていて感じるのは、その「引き出しの多さ」だ。
イケメン路線で押し切る俳優ではない。むしろ役にぬるりと溶けて、自分の輪郭を曖昧にしてしまう。だからこそ、観終わってしばらく経ってから「あの人、すごく良かったな」とジワジワ効いてくる。即効性ではなく、後を引く余韻で記憶に残るタイプの役者である。
東京の下町に生まれ育ちながら、これほど掴みどころのない味を出せるというのは、それ自体が一つの才能だ。派手な存在感で観客を圧倒するのではなく、そっと作品に紛れ込み、気づけば物語の一部になっている。
これからも染谷将太は、しれっと様々な作品に現れては、私たちを良い意味で「騙して」くれるだろう。気配を消すことができる俳優は、いつだって信頼に値する。