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画面の隅で全部を持っていく――樹木希林、嘘をつかなかった女優の生涯

樹木希林(女優)の写真

ただ画面の隅にぽつんと座り、ぼそりと一言つぶやくだけ。それなのに、その場の空気をまるごと持っていってしまう。樹木希林という女優には、そういう不思議な魔法があった。声を張り上げるわけでも、大きな身振りをするわけでもない。だが彼女がいる場面は、いつの間にか彼女の世界になっていた。

1943年、東京・神田に生まれた本名・内田啓子。悠木千帆として女優人生を始め、後に「樹木希林」という名で日本を代表する個性派へと駆け上がった。半世紀を超える活動のあいだ、彼女はきれいごとを一切口にせず、それでいて見る者の胸を、なぜか温かくしてみせた。

その生き方は、芸名を生放送で売り飛ばし、別居したまま夫と添い遂げ、全身のがんを抱えながら淡々と現場に立ち続けるという、まるで何本もの物語を束ねたような濃さに満ちていた。

悠木千帆、文学座からの出発

彼女の女優人生は1961年、悠木千帆という名で始まった。文学座付属演劇研究所に入所し、テレビドラマの世界へと足を踏み入れる。名女優・杉村春子の付き人を務めた経験は、後の彼女の演技の土台になったといわれる。

転機は1964年。森繁久彌主演の『七人の孫』にレギュラー出演し、一気に人気を獲得した。若くして老け役を巧みに演じるその独特の才は、早くから周囲を驚かせていた。1966年に文学座を退団し、翌1967年には自身の個人事務所「希林館」を設立。組織に縛られず、自分の足で立つという姿勢は、この頃からすでに彼女の核にあった。

『時間ですよ』『寺内貫太郎一家』といったテレビドラマで、彼女は強烈な存在感を放つ脇役として茶の間に深く根を下ろしていく。主役を食う脇役――その称号は、若い頃からすでに彼女のものだった。

名前を競売にかけた女

樹木希林を語るうえで欠かせないのが、1977年の伝説的な逸話である。彼女はテレビ番組のオークションコーナーで、それまで名乗ってきた芸名「悠木千帆」を競売にかけて売り払い、新たに「樹木希林」と改名したのだ。

芸名は役者にとって、いわば看板であり、財産そのものでもある。それをバラエティ番組で売り飛ばすという発想は、普通の感覚からはとても出てこない。だがこの一件は、彼女がいかに自分という存在に固執せず、肝が据わっていたかを物語っている。名声やイメージにしがみつかない――その姿勢は、生涯にわたって彼女の演技にも貫かれていた。

私生活もまた型破りだった。1973年にミュージシャンの内田裕也と結婚するが、ほどなくして別居。それでも籍を抜くことなく、最期まで夫婦であり続けた。長女・内田也哉子はエッセイストであり女優で、俳優の本木雅弘と結ばれた。常識の枠には収まらない、それでいて筋の通った生き方だった。

個性派から、唯一無二へ

1980年から始まった富士フイルムのCMで、彼女は「美しい人はより美しく、そうでない方はそれなりに」という名コピーを世に放ち、38年もの長きにわたり同社の顔を務め続けた。商品のためでなく、彼女自身の言葉として、このフレーズは多くの人の記憶に刻まれている。

演技の評価も、年を重ねるごとに揺るぎないものになっていく。1986年のNHK連続テレビ小説『はね駒』で芸術選奨文部大臣賞、2008年には映画『東京タワー オカンとボクと、時々、オトン』で日本アカデミー賞最優秀主演女優賞。さらに『悪人』『わが母の記』でも最優秀賞を重ね、紫綬褒章、旭日小綬章と、その功績は国からも厚く讃えられた。

晩年、彼女は是枝裕和監督作品の常連となる。『そして父になる』『海街diary』、そして『万引き家族』。口は悪いのに、なぜか涙がこぼれてしまう祖母役。あの絶妙な手触りこそ、彼女にしか出せない魔法だった。

死もまた人生のうち

2005年、彼女は乳がんを公表した。その後、がんは全身へと広がっていく。だが彼女は、それを悲劇として声高に語ることはなかった。「死ぬのも人生のうち」とでもいうような淡々とした顔で、最期まで現場に立ち続けたのである。

2018年、彼女が祖母・初枝役を演じた『万引き家族』は、カンヌ国際映画祭で最高賞パルムドールを受賞した。世界が彼女の演技を含む作品を讃えたその年の9月15日、樹木希林は乳がんの全身転移により、東京・渋谷の自宅で静かに息を引き取った。享年75。翌2019年、同作の演技に対し、日本アカデミー賞最優秀助演女優賞が没後に贈られた。

最後まで、彼女は自分の言葉で、自分の足で、自分のやり方を貫いた。死を恐れて縮こまるのではなく、むしろ死さえも生の一部として受け入れ、淡々と演じ続けたその姿は、見る者の背筋を自然と伸ばしてくれる。

きれいごとを一切言わない。けれど、彼女の演技を見終わると、なぜか胸の奥が温かくなっている。それが樹木希林という女優の、ずるいほどの魅力だった。口は悪く、態度は飄々としていて、それでいて誰よりも人間の本当の手触りを知っていた。

画面の隅でぼそりとつぶやくその一言に、人生の全部が詰まっている。樹木希林は、嘘をつかなかった。だからこそ、その姿は今も多くの人の記憶のなかで、静かに、確かに息をしている。