celeb-db
English

シンガーソング専業主婦——竹内まりやが三つの時代を歌いきった理由

竹内まりや(シンガーソングライター・作詞家)の写真

「専業主婦」と「国民的アーティスト」。本来なら交わらないはずのこの二つの肩書きを、ひとりの女性がやすやすと両立させてしまった。

竹内まりや。家事をし、子を育てながら、その合間に「駅」や「シングル・アゲイン」といった、日本人の心を何十年も離さない名曲を置いていった人だ。表に出ることは少なく、声を荒げることもない。けれど彼女の歌は、昭和に生まれた母も、令和に育つ姪も、知らぬ間に同じメロディで泣かせてしまう。これは、引き算の美学で三つの時代を歌いきった、ひとりのシンガーソングライターの物語である。

出雲の老舗旅館に生まれて

竹内まりやは1955年3月20日、島根県簸川郡大社町、現在の出雲市大社町に生まれた。本名は山下まりや。実家は「竹野屋旅館」という老舗で、父・竹内繁蔵はその4代目だった。出雲大社のお膝元、人をもてなす家に育った彼女には、どこか芯の通った落ち着きがある。

島根県立大社高等学校を卒業後、慶應義塾大学文学部英米文学科に進む。英語への素養はのちに彼女の音楽の幅を広げることになるが、大学は中退している。彼女の人生を大きく動かしたのは、学業ではなく、大学の軽音楽サークルだった。

スカウト、そして鮮烈な新人賞ラッシュ

軽音楽サークルで活動していた彼女は、オムニバスアルバムへの参加をきっかけにスカウトされる。1978年11月25日、シングル「戻っておいで・私の時間」とアルバム『BEGINNING』でRCA/RVCからデビューを果たした。

翌1979年、「SEPTEMBER」がヒットし、彼女は一気に時代の寵児となる。銀座音楽祭グランプリ、新宿音楽祭金賞、日本歌謡大賞新人賞、そして第21回日本レコード大賞新人賞。デビュー翌年にして、新人賞という新人賞を総なめにする鮮烈なスタートだった。

結婚、休止、そして「専業主婦」という異名

1982年、彼女は山下達郎と結婚する。すでに日本の音楽史にその名を刻みつつあった二人の結びつきは、それ自体が事件だった。結婚を機に彼女は表立った活動を一時休止する。

だが、止まったのは「表」だけだった。1984年に長女が誕生し、育児と家事に専念しながらも、彼女は楽曲制作を続ける。やがて世間は彼女を「シンガーソング専業主婦」と呼ぶようになる。皮肉のようでいて、最大級の賛辞だった。家庭の只中から、日本中を泣かせる歌が次々と生まれていったのだから。

主婦の手から生まれた国民的名曲

家庭にいながら、彼女の筆は止まらなかった。1982年には河合奈保子に「けんかをやめて」を、1988年には薬師丸ひろ子に「元気を出して」を提供。自身の歌だけでなく、他のアーティストの代表曲まで生み出していった。

1987年の「駅」、そして1989年の「シングル・アゲイン」は大ヒットとなり、1990年には第32回日本レコード大賞で最優秀ポップス・ボーカル賞と作詩賞を同時に受賞する。1994年、ベスト・アルバム『Impressions』は300万枚超という驚異的なセールスを記録した。専業主婦の片手間、という言葉が冗談に思えるほどの結果だった。

18年ぶりの舞台、そして三つの時代へ

2000年、彼女は約18年ぶりとなるライブ「souvenir」を日本武道館と大阪城ホールで開催する。長く舞台から遠ざかっていた人が戻ってきたことに、ファンは沸いた。2014年にはアルバム『TRAD』をリリースし、同作で第56回日本レコード大賞の最優秀アルバム賞を受賞。33年ぶりの全国ツアー「souvenir 2014」も実現させた。

そして2019年、40周年記念アルバム『Turntable』がオリコン1位を獲得。彼女は昭和・平成・令和という三つの時代すべてでオリコン1位に立った初の女性アーティストとなった。同年、芸術選奨文部科学大臣賞(大衆芸能部門)も受賞。控えめに歌い続けた人が、いつのまにか歴史そのものになっていた。

引き算の美学

竹内まりやの魅力は、足し算ではなく引き算にある。派手な露出を追わず、声と歌だけで何十年も人の人生のそばに寄り添ってきた。白いご飯や素朴なアップルパイを好み、帽子を集め、旅をする——その暮らしぶりまでが、どこか飾らない。

夫の山下達郎とは、夫婦であると同時に音楽のパートナーでもある。二人そろって日本の音楽史に大きく名を刻むその様は、もはや別格と言うほかない。けれど彼女がすごいのは、その特別さを声高に語らないことだ。彼女の歌は、いつも誰かの静かな感情の瞬間に、そっと寄り添うようにして流れている。

昭和に生まれた人も、令和に育つ人も、気づけば同じ歌に泣かされている。竹内まりやとは、そういう罪な人である。

家庭の只中で書かれた歌が、三つの時代を越えて鳴り続ける。引き算の美学で人の心に寄り添い続けたこのシンガーソングライターの物語は、まだ終わっていない。次に夏が来て、誰かが「駅」を口ずさむとき、その歌はまた静かに、新しい誰かの人生のそばに立っているだろう。