細田守——「ポスト宮崎駿」と呼ばれながら、自分の家を建てた監督

富山県中新川郡上市町。山と澄んだ空気に囲まれたこの町で、一人の少年が育った。やがて彼はアニメーションの世界へ進み、家族、田舎の夏、ネット社会といった「誰もが頷くテーマ」を、息をのむほど大きなスケールの絵で描く監督になる。
細田守、1967年9月19日生まれ。長らく「ポスト宮崎駿」という重い看板を背負わされてきた人物だ。だが彼は、その重圧を正面から受け止めながら、誰かの跡を継ぐのではなく、自分のスタジオ「地図」を建て、自分の道を行くことを選んだ。
油画専攻から東映動画へ
細田は金沢美術工芸大学の美術科で油画を専攻していた。絵画から出発した感性は、後の彼の作品の、あの透き通った色彩と空の描写に確かに息づいている。
1991年、東映動画(現・東映アニメーション)に入社し、アニメーターとしてのキャリアをスタート。地道に演出の腕を磨き、1999年には『劇場版デジモンアドベンチャー』で映画監督デビューを果たす。2005年には『ONE PIECE THE MOVIE オマツリ男爵と秘密の島』を手がけ、既存の人気作品の中でも独自の演出を見せた。
フリーランスとしての飛躍
2005年に東映を離れ、フリーランスとなった細田の第一作が、2006年公開の『時をかける少女』だった。青春のきらめきと時間をめぐる切なさを瑞々しく描いたこの作品は、第30回日本アカデミー賞最優秀アニメーション作品賞、そしてアヌシー国際アニメーション映画祭の長編部門特別賞を受賞。彼の名を一気に押し上げた。
続く2009年の『サマーウォーズ』は、大家族の集う田舎の夏と、巨大な仮想空間の危機を一本の物語に編み込み、国内外で大ヒット。家族とネット社会という、誰もが「あるある」と頷くテーマを、これほど壮大なスケールで見せられて、観客は涙した。
スタジオ地図、そして世界へ
2011年、細田は自らのアニメーション制作会社「スタジオ地図」を設立する。「ポスト宮崎駿」と呼ばれることへの答えは、誰かの後を追うことではなく、自分の拠点を構えることだった。
翌2012年の『おおかみこどもの雨と雪』、2015年の『バケモノの子』と、彼は家族と成長というテーマを掘り下げ続ける。2018年の『未来のミライ』はカンヌ国際映画祭の監督週間で上映され、第91回アカデミー賞の長編アニメ映画賞にもノミネートされた。2021年の『竜とそばかすの姫』はカンヌの「カンヌ・プリミエール」部門に日本映画として唯一選ばれ、彼の作品は確かに世界へと届いている。
大スケールの中の、人間味
学生時代から愛着のある作家に大江健三郎と寺山修司を挙げる細田。その作品が壮大なスケールを誇る一方で、「ポスト宮崎駿」と呼ばれることには「宮崎駿的なものだったら、宮崎さんが作ればいい」と、さらりと言ってのける。
彼にとって、家族は作品の中心的なテーマであり続けている。富山の山と空気がそのまま画面に染み込んだような、あの透き通った青空の描き方は、誰にも真似できない彼だけの財産だ。
重圧を引き受けながらも、決して借り物の道を歩かなかった。誰かの後継者ではなく、細田守という一人の作家として、自分の地図を広げ続けてきた。
新作を発表するたびに「今度はどんな世界を見せてくれるのだろう」と期待させてくれる監督は、そう多くはいない。家族と、田舎と、私たちの暮らしそのものを、彼はこれからもあの澄んだ空の下に描き続けていくだろう。