
写真: 新東宝 / Shin Tōhō / Public domain(出典: Wikimedia Commons)
ワイの感想
いやもう、5歳で映画デビューて、こっちが幼稚園でお絵かきしてた歳にはもうカメラの前で天才子役やってたんやから、スタート地点からして人生のステージがちゃうわ。しかもや、ただ可愛いだけの子役で終わらんと、そのまま昭和を代表する大女優まで上り詰めるて、どんだけ持ってんねん。『二十四の瞳』であの先生やられた日にゃ、観てるこっちが涙でスクリーン見えへんようになるし、『浮雲』のあのしっとりした色気はもう反則やで。極めつけは『名もなく貧しく美しく』を全篇手話で演じきったとこ。台詞に頼らんと手と表情だけで心の機微を全部伝えてくるんやから、もう演技の神様に愛されすぎやろ。そのうえ筆を持たせたらエッセイで賞まで獲ってまうし、骨董集めてシブい趣味で渋く生きるしで、どこを切っても隙がないんよ。これぞ本物の昭和のスター、ワイは心から尊敬してまうわ。
読み物
1. 基本情報(プロフィール)
- ID
- 0072
- 本名
- 松山秀子
- 読みがな
- まつやまひでこ(マツヤマヒデコ)
- 芸名・別名
- 高峰秀子
- 英語表記
- Hideko Takamine
- 旧名義
- 平山秀子(旧姓)
- 生年月日 / 年齢
- 1924年3月27日生 / 2010年12月28日没
- 星座 / 干支
- 牡羊座 / 子(ね)
- 出身地
- 日本・北海道函館市
- 身長 / 体重 / BMI
- 158cm
- 所属
- 引退(1979年女優廃業)
- 所属履歴
- 松竹蒲田撮影所(1929年〜1937年)
東宝映画(1937年〜1946年)
新東宝映画(1946年〜1950年)
フリー(1950年〜1979年) - 活動期間
- 1929年〜1979年(女優)、1970年代〜2010年(エッセイスト)
- ジャンル
- 女優 / 歌手 / エッセイスト
2. 外見・ビジュアル
写真は Wikimedia Commons の自由ライセンス画像(撮影者・ライセンスはページ上部のクレジット参照)。
- 髪の色
- 黒
- 目の色
- 黒
- タトゥー
- 公表上なし
3. 経歴・ライフストーリー
- 出身小学校
- ほとんど通学できず(子役として多忙)
- 出身高校
- 文化学院(1937年入学、約1年半で退学)
- 出身大学
- 進学せず
- デビュー
- 1929年、松竹蒲田撮影所の映画『母』に子役として出演しデビュー
- デビューのきっかけ
- オーディション(家主の知人の斡旋で撮影所を見学後、野村監督作品の子役オーディションに飛び入り参加して合格)
主な受賞歴
| 年 | 受賞・実績 |
|---|---|
| 1954 | ブルーリボン賞主演女優賞(『二十四の瞳』『女の園』ほか) |
| 1954 | 毎日映画コンクール女優主演賞(『二十四の瞳』) |
| 1955 | 毎日映画コンクール女優主演賞(『浮雲』) |
| 1955 | キネマ旬報主演女優賞(第29回、『浮雲』) |
| 1957 | 毎日映画コンクール女優主演賞(『喜びも悲しみも幾歳月』) |
| 1961 | 毎日映画コンクール女優主演賞(『名もなく貧しく美しく』) |
| 1962 | 第12回芸術選奨文部大臣賞(『名もなく貧しく美しく』『永遠の人』) |
| 1965 | ロカルノ国際映画祭最優秀女優賞(『怪談』) |
| 1975 | 紺綬褒章 |
| 1976 | 第24回日本エッセイスト・クラブ賞(『わたしの渡世日記』) |
| 1979 | 日本アカデミー賞優秀主演女優賞(『衝動殺人 息子よ』) |
年表 / タイムライン
- 19295歳で松竹蒲田撮影所の映画『母』に子役として出演、映画デビュー。「天才子役」として注目される
- 1937東宝(当時P.C.L.)に移籍。映画出演の条件として女学校(文化学院)進学を要求するが多忙のため1年半で退学
- 1946新東宝映画に移籍
- 1949映画『銀座カンカン娘』出演、主題歌が50万枚のヒット
- 1950フリーの俳優となる
- 1951日本初の総天然色(カラー)映画『カルメン故郷に帰る』に主演
- 1954木下惠介監督『二十四の瞳』に主演。ブルーリボン賞・毎日映画コンクール女優主演賞受賞
- 1955成瀬巳喜男監督『浮雲』に主演。同年3月に映画監督・松山善三と結婚
- 1961夫・松山善三の監督デビュー作『名もなく貧しく美しく』に主演。全篇手話で演じる難役
- 1976エッセイ集『わたしの渡世日記』で第24回日本エッセイスト・クラブ賞受賞
- 1979映画『衝動殺人 息子よ』を最後に女優を引退
- 201012月28日、東京都内の病院で死去。享年86歳
4. 人間関係(相関図)
高峰秀子
- 配偶者松山善三(映画監督、1955年3月26日結婚)
- 子実子なし(養女:斎藤明美、ライター)
- 親非公開
- 兄弟姉妹非公開
- 憧れ・影響非公開
- 共演・盟友小林桂樹(共演多数)、木下惠介(監督として多数の作品で起用)、成瀬巳喜男(監督として多数の作品で起用)
- 交際ステータス既婚(松山善三と1955年結婚、死別)
- 交際・結婚ステータス
- 既婚(松山善三と1955年結婚、死別)
- 共演が多い人・盟友
- 小林桂樹(共演多数)、木下惠介(監督として多数の作品で起用)、成瀬巳喜男(監督として多数の作品で起用)
5. 趣味・嗜好・パーソナリティ
- 趣味
- 骨董品収集、絵画鑑賞・制作、エッセイ執筆
- 特技
- 演技(幅広い役柄)、手話
- 好きなもの・その他
- 骨董品
6. 実績・作品データベース
出演・発表作品 / 主な実績
| 区分 | タイトル | 役割 | 年 |
|---|---|---|---|
| 映画 | カルメン故郷に帰る | 主演 | 1951 |
| 映画 | 二十四の瞳 | 主演(小磯先生) | 1954 |
| 映画 | 浮雲 | 主演(幸田ゆき子) | 1955 |
| 映画 | 喜びも悲しみも幾歳月 | 主演 | 1957 |
| 映画 | 名もなく貧しく美しく | 主演 | 1961 |
| 映画 | 永遠の人 | 主演 | 1961 |
| 映画 | 怪談 | 主演(牡丹燈籠「お露」役) | 1964 |
| 映画 | 衝動殺人 息子よ | 主演 | 1979 |
| 楽曲 | 銀座カンカン娘 | 歌唱 | 1949 |
| 著書 | わたしの渡世日記(上・下) | 著者 | 1976 |
SNSバズ・トレンド
- 「生涯で300本を超える映画に出演」
- 「受賞数は日本映画界最多」
- 「日本初のカラー映画主演女優」
7. SNS・公式リンク
- 公式サイト—
- ファンクラブ—
- Instagram非公開
- X非公開
- TikTok—
- YouTube—
- Wikipediahttps://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%AB%98%E5%B3%B0%E7%A7%80%E5%AD%90
- その他配信—
- フォロワー数 取得日
- 2026-06-02
8. サイト運営・メタ情報
タグ
- 最終更新日
- 2026-06-02
- 更新者
- admin
人気ランキング(Google アナリティクスによる実アクセス集計)はトップページに表示予定です(準備中)。
よくある質問
高峰秀子の生年月日・年齢は?
1924年3月27日生まれ、2010年12月28日没です。
高峰秀子の出身は?
北海道出身です。
高峰秀子の職業・ジャンルは?
女優・歌手・エッセイストとして活動しています。
高峰秀子の身長は?
158cmです。
高峰秀子の所属事務所は?
引退(1979年女優廃業)に所属しています。
高峰秀子の活動期間は?
1929年〜1979年(女優)、1970年代〜2010年(エッセイスト)です。
高峰秀子の代表作は?
カルメン故郷に帰る、二十四の瞳、浮雲などがあります。